「生産性ロードマップ戦略」—儲かる工場経営を目指して—第497話 知らず知らずに間違った指導をしていないか?
「社内クレームを完全に把握できていないようです。」
支援先である素材メーカーの経営者が、先月分の工場指標を報告してくれた際に、ぽつりと漏らした言葉です。
この企業では、売上や利益といった収益指標に加え、「社内クレーム数」という製造の指標を継続的に追いかけています。社内で発生した失敗や間違いの事象数を示す指標です。
直近3か月、この社内クレーム数は減少傾向にありました。数字だけを見れば、改善が進んでいるようにも見えます。クレーム数は、その数値を小さくしたい指標です。
そこで私は、経営者に「社内クレームが減ってきていますね」と声をかけました。すると返ってきたのが、冒頭の言葉だったのです。
減ると嬉しいはずの指標を前に、なぜ経営者は違和感を覚えたのか?実は、この状況こそ、経営者が最も警戒しなければならない兆しでもあります。
数字が良くなったように見えるときほど、現場で何が起きているのかを疑わなければならないときもあるのです。
この企業で起きていたのは、カイゼンによる数値の良化ではありませんでした。経営者は、もっと根の深い問題の入り口に立っていたのです。
その問題とは?
●4階層指示導線のボトムアップ
この違和感の正体を理解するために、経営者が押さえておかなければならないのが「4階層指示導線」です。
4階層指示導線の目的は正しいトップダウンを機能させることにあります。そして、その前提として、正しいボトムアップが欠かせないのです。
中小製造企業では、経営者が常に工場に張り付いているわけにはいきません。市場に向き合い、顧客と会い、次の付加価値額を探しに外へ出る時間が必要だからです。だからこそ、経営者が不在であっても、工場の状況が自然と伝わってくる仕組みが必要になります。
そのための導線が、作業者 → 現場キーパーソン → 管理者 → 経営者という4階層の指示・報告の流れです。
現場で失敗や間違いは、まず作業者の手元で発生します。現場キーパーソンがその声をすくい上げ、管理者が整理し、右腕役を通じて経営者へと届ける。
このボトムアップが機能していれば、経営者は工場を不在にしていても、生産状況や問題の兆しを把握できます。
重要なのは、経営者がこのボトムアップを「設計する」ことです。ボトムアップは自然発生的なものではありません。現場から自然に情報が上がってくることを期待してはいけないのです。仕組みとして上がるように教え、繰り返し伝え、定着させる必要があります。
4階層指示導線が機能していない工場では、経営者は不安で工場を離れられなくなります。その結果、市場と向き合う時間を失い、新たな付加価値額の積み上げ機会を逃します。
工場の中だけを見続けても、利益アップや給料アップは生まれません。正しいボトムアップは、経営者が外で仕事をするための土台です。
正しいトップダウンは正しいボトムアップがあるからできます。
●責めるべきことを間違っていないか?
正しいボトムアップを機能させるうえで、経営者が最も注意しなければならないのが、「何を責め、何を責めないか」です。
ここを取り違えると、ボトムアップは一気に機能しなくなります。
経営者は現場に対して、「悪い情報は直ぐに報告せよ」と教えなければなりません。しかし、これは経営者が考えるほど簡単なことではありません。
人は誰しも、自分にとって不利な話や、悪い評価につながる話からは目を背けたくなるものです。当事者であればなおさらと言えます。悪い話を報告しないという行動は、現場にとっては極めて自然な自己防衛です。
だからこそ、経営者は、繰り返し、繰り返し、悪い情報を直ぐに上げる重要性を教える必要があります。
正しいボトムアップで焦点を当てるのは、良い話ではありません。悪い話です。悪い話が、ためらいなく、素早く経営者のもとへ届く状態を指します。
特に、安全衛生や品質に関わる悪い話は、即座に把握できなければなりません。把握が早ければ、手を打つのも早くなり、最悪の事態を回避できます。
ここで、現場でよく起きる一場面を考えてみましょう。
ある作業者が、製品10個分で加工手順を間違え、仕様と異なる仕上げをしてしまったとします。ただし、その違いは見た目だけで、製品の機能には影響しませんでした。
作業者は心の中でこう考えます。
「これくらいの間違いなら問題ない。次から間違えなければいいだろう。」
そして、その10個の製品を、何事もなかったかのように他の良品と一緒に流してしまう。この行動自体が、ボトムアップが機能していない現場の典型例です。
もし、この企業で経営者が日頃から、「悪い話は直ぐに報告せよ」と口を酸っぱくして教えていたらどうでしょうか。作業者の頭には、「そう言えば、ウチの社長は悪い話は直ぐに上司へ伝えろと言っていたな」という言葉が浮かぶはずです。
経営者の日頃の指導が、現場の思考を変える分かれ道になります。
そして、多くの現場では、経営者が知らず知らずのうちに、間違った対応をしてしまいます。それは、失敗や間違い、そのものを責めてしまうことです。やらかした事実とその当事者を強く叱責してしまいます。
そうすると、現場は学習します。「次は隠そう」と。そうなってしまったら、悪い話は二度と上がってきません。
経営者が責めるべきなのは、「失敗や間違いを起こしたこと」ではありません。責めるべきは、「失敗や間違いを報告しなかったこと」です。
逆に言えば、報告してくれたこと自体は、賞賛すべき行動です。全従業員の前で、「よく報告してくれた」と評価する。
その積み重ねが、悪い話が自然と上がってくる風土をつくります。
責める対象を間違えると、ボトムアップは機能しなくなります。経営者の何気ない一言、何気ない叱り方が、現場の沈黙を生んでいないか?
ここに目を向けることが、正しい指示導線を機能させる要点のひとつです。
●知らず知らずに間違った指導をしていないか?
現場で起きた悪い話が、経営者のもとへ即座に上がってこない状態は、放置されてよいものではありません。
この企業で経営者が感じた「社内クレームを完全に把握できていない」という違和感は、まさにその危険信号でした。社内クレームが減っているのではなく、報告されなくなっている可能性があるからです。
社内で起きた失敗や間違いの「発生数」と、経営者が認識している「把握数」に乖離が生じている状態は、組織として極めて危うい状況です。
報告してくれる作業者がいる一方で、隠して上司に上げない作業者がいる。
その状態が続くと、現場には次第に「悪い話の報告は、やってもやらなくてもいい」という空気が広がります。
これは、経営者が意図したものではなくても、結果として、「悪い話の報告は、やってもやらなくてもいい」と指導していることになるのです。
この状況を放置すると、悪い話が上がらない工場になります。そして、悪い話が上がらなければ、問題は見えません。
しかし、見えないからと言って、問題が存在しないわけではありません。むしろ、水面下で静かに蓄積され、ある日突然、労災や重大な品質クレームという形で噴き出します。
そのときには、もはや手遅れです。
経営者がやることは明確です。間違いや失敗を起こした当事者を責めないこと。そして、報告しなかったことを見逃さないことです。悪い話を上げてくれた行為そのものを評価し、称える。その姿勢を一貫して示すことが、正しいボトムアップを根付かせます。
違和感に気づけた経営者は、まだ間に合うということです。
正確なボトムアップがあってこそ、効果的なトップダウンが可能になります。そのための4階層指示導線であり、右腕役や現場キーパーソンへの継続的な指導です。
悪い話を直ぐに報告せよ、そして報告してくれたことを評価せよ。この教育を怠らないことが、経営者が市場に向き合う時間を確保する唯一の道です。
後顧の憂いを断たなければ、経営者は工場を不在にできません。知らず知らずに間違った指導をしていないか?自らに問い直してください。
次は貴社が挑戦する番です!
成長する現場は、ボトムアップで悪い情報をドンドン経営者へ伝え判断材料を提供している
衰退する現場は、悪い話を隠すので、経営者が問題点を認識できず放置された状況が続く