「生産性ロードマップ戦略」—儲かる工場経営を目指して—第512話 経営者が将来構想を外部に伝えなければならない理由とは?

●工場のレイアウト変更を計画している経営者の言葉

 

「この資料では、なにか大事なことが伝わらない感じがします。」

 

先日、支援先経営者と実践会議題の打ち合わせをしていた時のことです。

工場レイアウト変更後の進め方について議論していて、ちょっと間が空いた際、その経営者が金融機関向けの説明資料を手にしながら、上記のように語ってくれました。

 

 

 

この支援先では、現在、工場の大幅なレイアウト変更を計画しています。これまで工場を継ぎ足し、継ぎ足しで拡張してきました。中小製造企業ではよくある話です。

その時々の受注増加や設備導入に対応しながら、空いている場所へ設備を置き、必要に応じて通路を変え、工程を増やしてきたのです。

 

もちろん、その時点では意味があります。実際に、生産能力も上がったのでしょう。困っていた問題も一時的には解消されたはずです。

しかし、継ぎ足しは部分最適になりやすい。気が付けば、モノの流れは複雑になり、運搬や停滞が増え、工場全体として見ると整流化から外れていきます。

 

この経営者は、年商3億円規模の事業を、将来的には6億円水準まで伸ばしたいと考えている意欲的な人物です。単なる設備投資ではありません。事業を次の成長段階へ押し上げるためのレイアウト変更です。

 

 

 

この経営者の思考には特徴がありました。

実践会で学んだ生産管理3本柱の内容を、「どうやって右腕役や現場キーパーソンへ腹落ちさせるか」という視点でカイゼンを考えています。

その知識が、自社に直接に当てはまらなくても、自社へどう役に立てるかを強く意識しているのです。したがって、言葉のやり取りが止まりません。

 

応用力の高い経営者には共通点があります。

具体と抽象を行き来しながら、自社に合う形へ整理する力が秀逸です。壁打ちのような会話を繰り返しながら、自分の考えを言葉にしていきます。この経営者もそうでした。

 

 

 

今回の打ち合わせ論点は、レイアウト変更後の人時生産性向上です。

この企業では今、総工数ベースの生産性が業界平均よりやや低めで横ばいになっています。しかし、それには理由がありました。将来を見据え、人材の先行投資を進めていたからです。

 

だからこそ、レイアウト変更後に、どうやって成長の流れに乗るかが重要になります。単なる工場移設では意味がありません。成長機会にしなければならないのです。

 

 

 

そして、この経営者には、もうひとつ大きな課題がありました。

レイアウト変更の資金調達です。

既存金融機関だけでなく、新たな金融機関にも相談を持ち掛けようとしています。不確実性の高い外部環境下であっても前へ進もうとする。その姿勢からは、強い意志を感じます。

 

 

 

今回、打ち合わせの席で手にしていたのは、半年前まで指導を受けていた専門家に作成してもらった金融機関向け説明資料です。

今後5年間の売上推移や製品群別内訳が整理されています。種々の数字も並んでいました。それでも、この経営者は違和感を抱いていたのです。

 

「資料としては、できあがってはいるんです。

でも、なにか、一番伝えたいことが入っていない気がするんです。」

 

そのモヤモヤ感は、どこから来るのでしょう?

 

資料の体裁は整っています。数字も並んでいます。しかし、経営者が本当に伝えたい「成長の筋道」が、そこには見えていなかったのです。

 

 

 

 

 

●この経営者モヤモヤの原因は何か?

 

この経営者が感じていたモヤモヤ感の原因は明確です。

 

「どうやって売上を伸ばすのか?」

 

その具体策が説明資料の中に見えていなかったのです。

 

事業を豊かに成長させる原動力は付加価値額、つまり儲けです。儲けを積み上げることで、設備投資も、人材投資も、将来への挑戦も可能になります。

しかし、ここで忘れてはならないことがあります。時間軸です。

 

どれだけ立派な設備を導入しても、固定費を回収できなければ意味がありません。経営者の意志や構想は、設備費、人件費などの固定費となって現れます。そして、その固定費は、所定時間内に回収しなければ会社経営を圧迫します。

 

だからこそ、製造業では人時生産性向上が重要になるのです。

 

ただし、人時生産性向上を、「作業者を頑張らせること」と誤解してはなりません。本質は、付加価値額を積み上げる力にあります。

 

 

 

生産性は「分子/分母」で定義されます。分子は出来高や付加価値額、分母は工数です。投入できる工数には限りがあります。従業員数は有限、働き方改革も求められている時代です。

だから現場では、リードタイム短縮で「詰めて、空けて、取り込む」必要があります。

 

詰める。

空ける。

そして取り込む。

 

この3つが揃って初めて、人時生産性向上につながります。

 

カイゼンで工数を減らしただけでは、成果は半分です。空いた余力で新たな仕事を取り込み、付加価値額を積み上げて初めて成果になります。

つまり、人時生産性向上の本質は、付加価値額を積み上げる力なのです。

 

 

 

そして、その付加価値額は工場の中にはありません。工場内にあるのは費用だけです。付加価値額は外、市場にしかありません。

 

だから、経営者の仕事場は外にあるのです。

市場へ出向き、お客様と向き合い、競合先を見て、技術動向を感じながら、「誰に、何を、どう売るのか」を考える。ここが事業成長の出発点になります。儲かる事業構造の原点です。

どう造るかは、その次になります。

 

もちろん、製造戦略も極めて重要です。しかし、販売戦略がなければ、製造戦略は機能しません。誰に何を売るのかが曖昧なままでは、カイゼンも、レイアウト変更も、単なる効率化・合理化で終わってしまいます。

 

今回のレイアウト変更の目的はそこにありました。

 

 

 

この経営者は、人材や設備へ先行投資しながら、総工数ベースの人時生産性を右肩上がりへ持っていこうとしていました。固定費回収スピードを高め、次の成長へつなげるのです。

そのためには、「どの製品群を伸ばすのか」を明確にしなければなりません。

 

ここで重要になるのが、「規模」で儲けるのか、「率」で儲けるのかという視点です。

 

大量に流して付加価値額を積み上げるやり方もあれば、高付加価値製品で利益率を高めるやり方もあります。当然、両者では必要となる現場の動かし方、モノの流し方が変わります。

その結果、レイアウト変更の意味も変わります。

 

だから、右腕役や現場キーパーソンへ、経営者の判断基準を伝えなければならないのです。

 

「どの製品群を伸ばしたいのか」

「なぜ、その設備投資をするのか」

「何を優先して生産するのか」

 

これらが共有されていなければ、現場は部分最適へ向かいます。

 

実際、この支援先では、次回から職場ごとに説明会を実施する予定です。レイアウト変更後、どの方向へ会社を伸ばそうとしているのかを、現場全員へ説明するためです。

 

ベクトルを揃えてから実務へ入る。

これは実践会で非常に重視していることです。

 

 

 

さらに、この経営者は、新規顧客獲得を狙った設備投資も進めていました。

そうであるなら、「どの業界へ攻め込むのか」「その設備でどんな強みを発揮するのか」まで説明できなければなりません。

 

既存顧客へ向けて何を強化するのか。

新規顧客へ向けて何を提案するのか。

ここまで見えて初めて、「製造戦略に裏付けされた販売戦略」になります。

 

ところが、金融機関向け説明資料には、その一番重要な部分がなかったのです。売上計画はあります。製品群別の推移もありました。

しかし、「それをどうやって実現するのか」が見えなかったのです。

 

 

 

この経営者が伝えたかったことは、「机上の数字」ではありません。市場へ向けた具体的な働きかけと、それを実現する製造現場の改革です。つまり「成長の道筋」です。

何を売るのか。

誰に売るのか。

そのために、工場をどう変えるのか。

右腕役と現場キーパーソンに、どんな判断基準を伝えるのか。

 

ここまでつながって、初めて「製造戦略に裏付けされた販売戦略」になります。つまり、この経営者が伝えたかったことは「製造戦略に裏付けされた販売戦略」だったのです。

 

 

 

 

 

●経営者が構想を外部に伝えなければならない理由とは?

 

儲かる事業モデルを構想するうえで重要なのは、販売戦略です。

 

誰に、何を、どう売るのか。

まず、これです。そして、その販売戦略を実現させるために、製造戦略が存在します。市場と工場。外と内。この両者がつながって、初めて事業は成長します。

 

製販一体とは、単なる部門連携の話ではありません。市場へ向けた働きかけと、工場の動かし方を連動させることです。

 

 

 

だから、経営者は将来構想を描かなければならないのです。

3年先。

5年先。

 

どの市場を狙うのか。

どの製品群を伸ばすのか。

そのために、どんな設備投資を行い、どんな現場へ変えていくのか。

 

それを考え続けるのが社長業です。

 

しかしながら、その通りになる保証はありません。むしろ、外部環境変化の激しい今の時代、思い描いた通りにならないことの方が多いかもしれません。

それでも、構想を言語化し、数値化する意味があります。

 

「比べる」ことができるからです。

構想before。

現実after。

 

両者を比較できれば、次の一手を考えられます。逆に、構想そのものが無ければ、何がズレたのか、分かりません。分からなければ右往左往するだけです。

だから、勢いのある経営者ほど、自社の将来構想をよどみなく語ってくれます。頭の中が整理されているのです。

 

 

 

さらに、もうひとつ大事なことがあります。

経営者の頭の中は、経営者自身が思っているほど、外部へ伝わっていません。

だから、あえて手間を掛けてでも、言葉にするのです。数値にするのです。それを見た金融機関担当者はどう思うでしょうか。

「安心」します。

 

その通りになるかどうかは分かりません。将来のことだから、断言できることはないです。

それでも、経営者が市場を見据え、販売戦略と製造戦略を連動させながら考えていることが分かれば、融資判断も前向きになります。

これまで築いてきた信頼関係の上で、こうした構想を知ってもらえば、「安心感」を抱いてもらえのではないか?この経営者と議論したときに出てきた、この説明資料の役割です。

 

 

 

これは、右腕役や現場キーパーソンに対しても同じです。経営者の構想が見えれば、現場は「安心」できます。

 

「なぜ、このレイアウト変更を行うのか」

「なぜ、この設備投資を行うのか」

「なぜ、今、人材へ先行投資しているのか」

 

意味が分かるからです。

 

意味が伝われば、人は動きやすくなります。ベクトルも揃います。

4階層指示導線とは、単なる指示命令の流れではありません。経営者の判断基準を伝え、現場が判断し、異常情報が必ず上がる導線です。

その起点は、経営者自身の構想にあります。

 

だからこそ、経営者は将来構想を外部へ語らなければならないのです。

 

市場へ。

金融機関へ。

右腕役へ。

現場キーパーソンへ。

従業員へ。

 

経営者の構想は「安心」を生み出します。ただし、それは根拠のない安心ではありません。市場に向き合い、数字で示し、工場の変化とつなげた安心です。

 

 

 

「従業員にもしっかり説明したいです。」

この経営者は、次回から始まる職場ごとの説明会を前に、笑顔で語ってくれました。

 

 

 

経営者が語る将来構想は、単なる夢物語ではありません。それは、会社をどこへ導くのかを示す、経営者の判断基準そのものです。

 

 将来構想を語ることは、資料づくりではありません。金融機関を動かし、右腕役を動かし、現場を動かす社長業です。

外の市場と、内の工場をつなぐ。その起点に立つのは、経営者自身なのです。

次は貴社が挑戦する番です!

 

経営者の将来構想は販売と製造をつなぎ金融機関にも安心してもらう判断基準そのものだ