「工場実装コンサルティング」—儲かる工場経営を目指して—第520話 なぜ、納期を守ってきた現場ほどチームで動けないのか?

●困った表情で社長が語った言葉

 

「ウチの現場では、ちょっと無理かもしれません。」

 

先日の個別相談で、40人規模切削加工企業の経営者が、困った表情でそう語りました。

 

相談の中心は、現場を、個人任せではなく、チームで仕事を進められる状態に変えたいということでした。これまでは、一人ひとりが納期遵守という判断基準を持ち、自分の持ち場で仕事をやり切ってきました。

 

少数精鋭の現場では、個の力が大事です。

多くの中小製造企業は、規格品の連続生産ではなく、特注品の個別生産で戦っています。大手がやりたがらない領域を狙い、柔軟性、機動性、小回り性でお客様の要望に応えてきました。そこでは、一人ひとりの力量が問われる案件も少なくありません。

 

ただ、個の力には限界があります。事業の規模が一定水準を超え、成長路線を目指そうとすると、これまでの強みだけでは乗り切れない場面が出てきます。

特注品であっても、部品だけではなく組立品も必要になるかもしれません。数十個だった受注量を、数百個水準へ上げなければならない場面も出てきます。

 

付加価値額を積み上げるには、価格を上げるか、数量を増やすか。この二つの方針しかありません。

そうなれば、人時生産性を高めるためにも、限られた工数で付加価値額を積み上げる、新たな仕事の進め方が必要になります。そうしないと人時生産性を高められないのです。

その経営者の悩みはこのままではいつまでたっても生産性を高められる給料アップが難しいと感じていることにもあったのです。

 

そこで、プロジェクト体制が大事になります。

これは単なる活動名ではありません。チームで仕事をする訓練の場でもあります。大きな仕事、複雑な仕事、長期間かかる仕事をこなすには、相互補完、相互扶助の力が欠かせません。

 

意見交換を通じて議論を深め、実践したらフォローと評価をやり、次のアクションへ向かいます。こうした仕事のやり方にもノウハウがあります。訓練も必要です。

その経営者には、主要メンバーの意識を変える機会をつくり、チームで仕事をするやり方を実践してもらうことを提案しました。

すると、経営者は冒頭の言葉を語ったのです。

「ウチの現場では、ちょっと無理かもしれません。」

 

なぜ、その経営者は困った顔でそう語ったのか?

 

 

 

 

 

●従業員の会話に違和感を抱いている社長

 

なぜ、社長は「ちょっと無理かもしれません」と語ったのか?理由を尋ねると、社長はこう答えました。

「議論ではなく、言い合いになるのです。相手を責める言葉も出てきます。もっと協力できないものかと思うのです。」

 

社長が違和感を抱いていたのは、現場キーパーソン同士の会話でした。頼りにしたいメンバーが集まっても、意見を重ねる場になりません。

自分の主張を通す場になってしまう。相手の言葉に耳を傾ける前に、できない理由や相手の落ち度を探す流れになる。これでは、プロジェクトを組んでも、チームで仕事を進める水準に届きません。

 

チームで議論するとき、大事なのは、相手の言葉に耳を傾ける姿勢です。

自分の意見と比べるためです。あるいは、自分の意見をよりよくする論点を見つけるためです。互いに主張することは主張しながら、一方で耳を傾ける。

そうやって意見を集約していきます。このプロセスは、訓練で高められます。

 

 

 

ただし、この問題を従業員の性格や意識の問題だけで片づけてはいけません。

見えているのは会話の乱れですが、奥にあるのは判断基準の乱れです。各自が別々の判断基準で動いていれば、議論はひとつの方向へ集まりません。

これまで個の力でお客様の納期に対応してきた現場では、判断基準が一人ひとりの中にあります。

「これは間に合いそうにない」と自分が考えたら、自分の判断で動く。周囲に相談する前に、各自の経験と勘で決める。そうした仕事の進め方で、目の前の納期を守ってきた側面もあります。

 

 

しかし、成長モードに乗せたいなら、そこから変えなければなりません。

これから目指したいのは、お客様に振り回される納期ではなく、我々が儲かる納期でつくることです。付加価値額を積み上げるには、現場それぞれの判断基準ではなく、社長の判断基準を現場へ伝え、日常業務で使える状態にする必要があります。

 

つまり、「社長が違和感を抱く」=「ベクトルが揃っていない」なのです。

 

したがって、この社長の課題は二つです。

ひとつは、全社一丸となって目指したいことを揃えること。ベクトルが揃っていなければ、従業員同士の会話に違和感が出ます。

もうひとつは、チームの力を実践する前に、個の力へ働きかけること。一人ひとりにフォローと評価を行い、社長および右腕役と従業員とのつながりをつくることが先になります。

 

遠回りに見えるかもしれません。けれども、いきなり大きなチームを動かそうとしても、判断基準が揃っていなければ、会議は言い合いになります。結論に至りません。

まずは、小さくてもいいので、社長の判断基準に沿って動く経験を積ませることです。その成果を一人ひとりに実感させることです。

 

この積み重ねの先に、右腕役を中心にした4階層指示導線が機能します。

社長の判断基準を右腕役が受け止め、現場キーパーソンへ伝え、作業者の日常業務へ落とし込む。こうやって、個の力を否定せず、個からチームへ移行させていくのです。

 

 

 

 

 

●時間を味方につけてじっくり従業員一人ひとりと向き合う

 

ベクトルが揃った現場の行動のきっかけをつくるのは、社長の判断基準であり、社長の思考回路です。

社長の判断基準は、ボート競技のコックスのような役割を果たします。全員で力を出しても、進む方向が揃わなければ船は速く進みません。

頑張る方向を示すものがあるから、現場は力を合わせられます。

 

一方、従業員一人ひとりが、それぞれの経験と勘だけで動けば、ベクトルは揃いません。納期に追われたとき、トラブルが起きたとき、外から急な依頼を受けたとき、現場は反射的に動いてしまいがちです。

誰かを責める。自分の持ち場を守る。できない理由を先に探す。

こうした動きは、従業員の能力不足ではありません。判断のよりどころがないまま、日々の仕事に向き合っているからです。

 

右腕役と現場キーパーソンには、湧き上がる感情を一旦抑え、判断基準に照らして考える仕事の仕方を身につけてもらわなければなりません。

一方で、思考を介さず感情で即座に反応すれば、現場は脊髄反射になります。これでは、チームで困難な仕事を乗り越える力をいつまでたっても育てられません。

 

社長の判断基準が現場に実装されていれば、「この場合、会社として何を優先すべきか」「社長ならどう判断するか」と考えられます。

工場実装とは、このよりどころを現場の日常業務へ定着させることです。

 

 

 

プロジェクトをしっかりやるには訓練が必要です。そして、まだ、訓練する水準に至っていないと考えるなら、いきなり大きなチームを動かそうとしなくてもいいのです。

従業員一人ひとりに丁寧に働きかけ、フォローと評価を重ねます。そこから出てきた小さな課題を、従業員一人ひとり、右腕役と一緒に進めていくのです。

小さなチームで小さく始め、成果を目指します。小さくてもいいので、社長の判断基準で動いた成果を実感させる機会をつくります。

 

幸い、この社長の右腕役は、社長が置かれている苦境を理解しています。真摯で一生懸命な従業員のようです。だからこそ、チームでのプロジェクトの前に、右腕役と一緒になって、従業員一人ひとりへ向き合うことから始めます。

 

社長が外で市場と向き合い、将来の仕事をつくるには、社長の判断基準で動ける環境の整備が欠かせません。最初から大きく変えようとしなくていいのです。

まず、目の前の一人に、社長の判断基準を伝え、フォローし、評価することです。遠回りのようですが、必要なら時間を味方につけるやり方をやります。

どうせやらなければならないことなのです。

その積み重ねが右腕役を育て、現場を変え、社長が将来に専念できる工場をつくります。

 

 

判断基準が揃わなければ、個の力はチームの力に変わらない。そこに社長の仕事がある。