「生産性ロードマップ戦略」—儲かる工場経営を目指して—第119話 現行ラインをしゃぶりつくす
現場の技能を磨き続けていますか?
「クレーンの軌跡が見える化できると、作業者へ説得力のある指導ができます。」
現場で生産性向上活動の仕組みづくりに取り組んでいるスタッフの言葉です。
その現場には、加工する際、ホイスト式天井クレーンで製品を搬送しなければならない工程があります。扱っているのは、3~5mの鋼製長尺製品です。
素手で簡単にハンドリングできないので、クレーンを操って、製品を装置へセットします。長尺製品なので、製品の動きに合わせてクレーンを動かさないと、製品を大きく揺らすことになり搬送作業で時間のロスが発生します。
さらに、前工程から届いた製品の中から、次工程へ搬送する製品の”選択”を求められている工程です。選択基準は次工程の状況であり、状況を見て判断をしつつ、搬送時間にロスが出ないようクレーンを操作しなければなりません。
そして、作業の出来不出来は全てクレーンの軌跡に現れるというのです。
したがって、技能がピカイチの現場リーダーが操るクレーンの軌跡と一般作業者のそれとを比較できれば、作業で改善すべき点を具体的に指摘できるとスタッフは考えました。客観的な結果に基づく指摘ですから、現場も耳を傾けてくれそうです。
「どうやって位置を検出するのか、検出データをどのような様式で表示すれば指導に使えるのか、検討してみましょう。」
スタッフの言葉にこのような返事を返しましたが、スタッフとのこのやり取りには、あるきっかけがありました。
その企業の経営者は数年のうちに設備投資をして、最新鋭生産ラインを導入しようと考えています。生産性を高め、売り上げ規模を倍増させる野心的な戦略を立てているのです。
そうした経営者の長期戦略を受けて、現場でも改善活動PDCAを回す仕組みづくりに取り掛かっており、スローガンを掲げて、新しい工場の姿を現場の立場で描こうとしています。
新しい工場の姿を描くために何ができるでしょうか?と伊藤はスタッフへ投げかけました。このやり取りの中から出てきたアイデアのひとつが最初にあげたスタッフの言葉です。
新たに設置する最新鋭の生産ラインでは多くの作業が自動化されます。ですから、現行ラインでやられている作業の多くが人手によらなくなるのです。将来の自動化へ向けて、現行ラインで何ができるでしょうか?という問いでもありました。
現行ラインでやられている人手の作業を徹底的にブラシュアップし、現行の人員と現行の設備でどこまでやれるのか極めてみようというのがそのスタッフと出した答えです。
従来対比でリードタイムを短縮し、設備に”空き”を生み出せば、新規受注をさばく余力ができるので、突発、特急、変更へ普通に対応できるラインとなります。こうした水準にまで現行ラインを磨き上げてみようというわけです。
収益的には、付加価値額生産性が高まり、付加価値額の積み上げペースが速くなるので、固定費回収パワーが強化されるイメージが浮かびます。
現場は現行ラインをしゃぶりつくすと限界を体感できます。知恵を絞って、チームの連携力を高め、ここまでやりつくしたが・・・・・・・、現行設備の性能や仕様上、如何ともし難いこともあり、このあたりが限界だ~っと現場は考えるはずです。
現行ラインで、これでもか~っというところまで絞るだけ絞って、乾いた雑巾から、あと一滴の水を絞り出すまでやりつくします。そうして、ブラシュアップされた現場が最新鋭ラインを手にしたらどうなるでしょう。
鬼に金棒、弁慶に薙刀、虎に翼、まさに竜に翼を得たるごとしではないでしょうか?
だから、現行ラインを徹底的に見える化し、技能を磨き上げ、ノウハウを蓄積することが、次世代ラインを成功させるのに欠かせないのです。現場独自のアイデアを次世代ラインへ反映させます。
現場の知恵が反映した生産ラインほど強いものはありません。既存設備を買ってくればモノづくりができると考える経営者とは一線を画した工場経営ができます。
ですから、将来的に自動化新鋭ラインを導入するからと言って、現行ラインでの作業を疎かにはできないのです。逆に、だからこそ、現行ラインをしゃぶりつくして、技能を磨き、ノウハウを積み上げて、次世代ラインへつなげます。
そうでないと、現行ラインで限界も何も感じていない作業者が新鋭ラインを目の前にしてもなんら感動もなく、「ボタンを押せばモノができるのですね。」で終わってしまう状況に至るのは火を見るよりも明らかです。
こんな水準の作業者集団では新鋭ラインを生かせず、いわゆる”残念な設備投資”に終わってしまうことでしょう。
かって中小の現場でそうした経験をしたことがありますが、設備投資に対する経営者の姿勢が現場へ反映されるものだと強く感じました。設備投資を生かすには、経営者がその生かし方を現場へ浸透させる必要があります。
さて、そのスタッフには、次世代の新鋭ラインを設計するとき、現場担当者として大いに独自のアイデアを提案し、〇〇流生産ラインを目指して下さいとお話しています。当面は、現場作業見える化への挑戦の継続です。現場のスキルを上げて、次世代ラインへつなげます。
トヨタ自動車の副社長河合満氏は、生産ラインが進歩を続けるために、高い技能の裏付けが必要であると説いています。
全国の技能者が集まる溶接コンクールで2位になった技能者がトヨタにいました。その技能者に溶接技能をロボットに教えさせたそうです。いわゆるティーチングですね。
ところが、何週間やっても教えきれなかったとのこと。
溶接ビード部表面だけ見れば技能者とロボットの溶接は見分けは付かなかったようです。しかし、裏を見ると差は歴然。技能者が溶接したワークは滑らかで明らかに溶接品質という点で勝っていました。
河合氏は次のように語っています。
溶接作業を進める中、母材の温度が上がれば解けやすくなります。技能者は湯の流れ、溶着の様子を見たり、音を聞いたりしながら、スピードや角度をコントロールしています。こういった人間の感覚を全部解析し、ロボットに教えられれば、いずれ彼の溶接を再現できる。
今はまだ難しいですが、それに成功すれば誰がやっても同じものができるし、自動化や量産化につながります。だからこそ、ロボットより上手な溶接をする人を育てる必要がある。
そうでないと進歩が止まってしまいます。
(出典:日経ものづくり2018年10月号)
河合氏は技能が自動化技術を引っ張っていると説明しています。
自動化技術で大切なのは、自動化の対象となる、手本とすべき”動作”です。低い技能のもとでは、低い水準の自動化技術しか育ちません。自動化をしたけれども、仕事の質が悪くて、人が手直ししている・・・・では、何のための自動化なのかわからなくなります。
さらに、河合氏は自動化ラインこそ、ムダ取りが大切だとも語っています。
自動化したら終わりではなくて、自動化を日々、進化させることが重要です。例えば5台のロボットを使ったラインを構築したとき「最新の自動化です。すごいでしょう。」で止まるのではなく、常に進歩させる。
ラインを再構築するまでの3年間で5台から2台へロボットを減らせば、次のラインは2台からスタートできます。
(出典:日経ものづくり2018年10月号)
自動化はゴールではなく次へ進化するためのスタートで、その進化の原動力は技能です。技能と技術が常にスパイラルアップし、新しいものを作っていくことが大切であると河合氏は説明しています。
少数精鋭で筋肉質の現場を目指したい中小の現場では作業者のスキルアップが欠かせません。技能を磨く目的は主に多能工化であり、中小の強みである柔軟性、機動性、小回り性を強化するのに必要なことです。
それに加えて、設備の自動化など、生産技術、製造技術を進化させる原動力の強化にもつながります。人材育成を通じて、次世代へつながるノウハウを組織に蓄積していきたいです。
技能を磨く仕組みをつくりませんか?