「生産性ロードマップ戦略」—儲かる工場経営を目指して—第492話 儲けのABC分析を忘れていないか?
「売上の依存度を60%から40%へ下げました。」
40人規模、消費財製造企業の経営者が、売上高の内訳推移を示しながら、そう語ってくれました。
主要顧客への依存度を下げる取り組みを、ここ数年かけて進めてきたというのです。
特定のお客様に売上が集中している状態は、収益の安定という点で安心材料になります。が、一方で、そのお客様の業績や方針変更に自社の将来が左右されるという不安に晒されることにもなるのです。
経済環境が右肩上がりの時代なら、勢いのあるお客様と一緒に成長するという選択は合理的でした。しかし、不確実性が高まった昨今、中堅企業や大手企業であっても、将来の成長が約束されているとは言えません。
特定顧客への依存度が高いままでは、「一緒に成長する」よりも、「一蓮托生」のリスクの方が大きく感じられる時代です。この経営者も、そうした危機感から顧客構成の見直しに踏み切りました。
売上高ABC分析は、経営計画策定における基本的な手法の一つです。売上内訳を整理し、どの顧客がどれだけの比率を占めているかを把握します。
売上構成要因を把握するうえで、この分析は欠かせません。
ただし、収益見通しを立てるという観点では、それだけで十分と言えないのが、製造業の難しさです。売上高の多寡が、そのまま「儲かりやすさ」を意味するとは限らないからです。
そこで、この経営者に、こう問いかけました。
「売上高に加えて、もう一つ、ABC分析をやってみませんか」
その、もう一つのABC分析とは?
●製造業で儲けるとはどういうことか?
製造業で儲けるとは、単に売上高を積み上げることではありません。
製造業の本質は「加工」にあります。原材料を仕入れ、それに手間と時間をかけて加工し、価値を生み出す。その価値創出プロセスが自社の中にあります。これが製造業の特徴です。
場合によっては外注も活用しますが、それも含めて、価値を生み出す設計を自社で担っています。
この特徴に目を向けると、製造業で儲けるには、二つの視点が必要だと分かります。
・一つは、どれだけの儲けが生まれているかという儲けの多寡。
・もう一つは、その儲けを生み出すために、どれだけの手間暇、すなわち工数を投入しているかという視点。
まずは、付加価値額の規模です。ただ、それだけでは不十分です。儲けを語るには、投入された工数から計算される人時生産性も無視できません。利益アップと給料アップを目指したい経営者にとっては、そうです。
小売業であれば、仕入価格と販売価格の差が、そのまま儲けになります。いくらで仕入れるかが最大の関心事です。
小売業では、仕入れ先メーカーのコストに関心は向きません。関心事は、どれくらい儲けさせてくれるか?それだけです。
一方、製造業は、価値を生み出すプロセスを自社内に持っています。固定費を回収し、さらに利益を残すには、「儲けの大きさ」と「その儲けを生み出す手間暇」の両方を管理しなければならないのです。
投入できる工数には制約あるので、コストにも意識を向けざるを得ません。
売上は大事です。ただし、売上高だけを見ていても、儲かる工場経営の意思決定はできません。だから、経営者が意識する項目が売上だけでは、足りないという判断に至ります。
●売上で現場を評価できない
売上高は、経営全体を俯瞰する指標としては有効です。しかし、売上高だけで現場を評価すると、製造業では、歪みが生じます。
売上には原材料価格という外部要因が大きく含まれているからです。
一般に、原材料費は価格へ転嫁しやすいと言われます。
市場環境が変わり、原材料が高騰すれば、製品価格も上げやすくなる。これは現場の工夫や努力とは関係なく起こる現象です。
にもかかわらず、売上高だけで現場の成果を評価すると、原材料価格の変動までを、現場の手柄、あるいは現場の責任として扱うことになります。これは公正な評価とは言えません。
ここで、鋳造加工で「だるま」の置物を製造しているメーカーを考えます。
この工場では、銅製のだるまと金製のだるまを製造しています。銅(Cu)も金(Au)も融点は1,000〜1,100度です。融点は同じ水準なので、溶かす手間や鋳造加工の工程に、大きな差はないでしょう。
しかし、原材料の価格は桁違いです。銅は1グラムあたり数円、一方で金は1グラムあたり数万円に達します。
同じような手間暇をかけて製造しているにもかかわらず、売上高で評価すれば、金のだるまを扱うチームが圧倒的に高く評価されてしまいます。これでは、銅を扱うチームは報われません。
この例が示しているのは、売上高では現場の頑張りを正しく評価できないという事実です。だからこそ売上高に加えて、価格から変動費を差し引いた付加価値額で見る必要があります。
売上に加えて、儲けでの評価もするのです。そこでは、我が社を本当に儲けさせてくれているお客様、製品、商品を見極めるためのABC分析が不可欠になります。
●儲かる体質に変えるにはどうするか?
製造業で儲けるための視点が、「①儲けの多寡」と「②儲けを生み出す手間暇」の二つにあるとするなら、次に考えるべきは、その視点をどう使って意思決定するかです。
現場では、価値を生み出すために工数を投入していますが、この工数は無限にありません。限られた工数の中で、いかに儲けを最大化するか。この問いに向き合うことが、儲かる体質へ変わる第一歩です。
この視点に立てば、受注した案件は、一つひとつ、「どれだけ儲かるのか」「どれだけ手間暇がかかるのか」という二軸で整理できます。
最も嬉しい仕事は、「儲けの規模が大きく、その割には手間暇があまりかからない」案件です。逆に、あまり嬉しくないのは、「儲けの規模が小さいのに、手間暇がやたらとかかる」案件でしょう。
もちろん、市場はそんなに単純ではありません。現実には、その中間や組み合わせが無数に存在します。だからこそ重要なのは、二項対立でよしあしを決めることではなく、我が社の受注構成が、どの組み合わせで成り立っているのかを把握することです。
この組み合わせこそが、我が社の儲けの構造であり、体質そのものと言えます。
売上高ABC分析に加えて、我が社を儲けさせてくれるお客様、製品、商品のABC分析を行う意味はここにあります。
売上規模だけでは見えなかった「手間暇とのバランス」を可視化することで、どの仕事が体質を強くし、どの仕事が体力を消耗させているのかが見えてくるのです。
平均値だけで、本質はとらえられません。構成要因、一つひとつを明らかにする必要があります。全部に注目する必要はありません。上位の構成要因が大事なのです。ABC分析は、経営者にそうしたことも教えてくれます。
儲かる体質とは、偶然できあがるものではありません。経営者が望ましい構成を描き、その方向へ少しずつ寄せていくことで、初めて形づくられるものです。
●なぜ、ロードマップが必要なのか?
ここまでお話ししたように、売上高ABC分析に加えて、儲けのABC分析で、
・「我が社を儲けさせてくれるお客様や製品、商品」
・「あまり儲けさせてくれないお客様や製品、商品」
両者を見極めることができれば、現場での対応は変わります。
受注案件を、儲けの構造で捉えれば、仕事の進め方や力のかけ方に差をつけるという発想が、自然に生まれてくるのです。従業員の工数には制約があります。
たとえば、次のような方針を立てたとします。
・「儲けさせてくれるお客様や製品」には、経験豊富なベテランや経営者の右腕役が手間暇をかけて、じっくり向き合う。
・「あまり儲けさせてくれないお客様や製品」については、現場キーパーソンができるだけ短時間で、さっとこなして終わらせる。
そこから、「あまり儲けさせてくれないお客様や製品」を対象に、仕組みの自動化やコード化を適用する、という判断が生まれるのです。
自動化やコード化は闇雲にやられるものではありません。方針が求められます。自動化やコード化を目的化させないために、経営者が配慮しなければならないことのひとつです。
このように、儲けの構造が見えれば、具体策の優先順位も自ずと決まるでしょう。持ち時間は有限なので、儲けるためのタイムタイムマネジメントが大事になってきます。
ただし、こうした取り組みは一朝一夕で完成するものではありません。だからこそ必要なのがロードマップです。
将来、我が社をどのような「儲かる体質」にしたいのかを定め、そこから逆算して、今、何に取り組むのかを整理します。その道筋を、言葉や数字、図表で明確に示すことが、ロードマップであり経営計画です。
売上を見て安心している経営者ほど、儲けの構造を見失っています。「儲かっている仕事」と「忙しい仕事」は、別物です。
売上だけを見る経営から、儲けの構造を設計する経営へ。その転換を支えるのが、経営計画、ロードマップなのです。
冒頭の経営者とは、これから、経営計画、ロードマップを策定していきます。完成まで、しばらく時間がかかりますが、一旦、出来上がれば、その後、ブレない工場経営を続けられるのです。
次は貴社が挑戦する番です!
成長する現場は、儲けABC分析により儲けを最大化するよう仕事の力のかけ方に差をつける
衰退する現場は、売上でしか判断していないので儲けためには的が外れた仕事もやっている