「生産性ロードマップ戦略」—儲かる工場経営を目指して—第493話 製販一体ですぐに動けているか?
「すぐに動いているからです。」
40人規模の製造企業を経営する社長が、そう言い切りました。
利益アップと給料アップの要点は人時生産性向上にあります。具体的には、分子の積み上げです。今の人員と設備でどこまで積み上げられるか?
そのためにやることは2つです。
・経営者が営業の最前線で情報をとってくること。
・外に出ている経営者の銃後を守る右腕役を中心とした体制と仕組みをつくること。
この経営者は、今、自ら営業の最前線に立ち、市場と真正面から向き合っています。儲かる事業モデルの答えは市場にしかないと腹をくくったからです。
儲かる事業モデルの答えは、市場に聞くしかありません。ただし、言うは易く行うは難し。この経営者も同じです。試行錯誤を重ね、ご自身の限界を越えながら、市場との向き合い方を探り続けました。
挑戦し続ける経営者には、大きな力が働きます。
新たな顧客、新たな市場を見つける独自のやり方を引き当てたのです。今、その手応えを武器に、右肩上がりへの転換に挑んでいます。
ただし、このやり方には、前提条件があります。
「すぐ動く」ことが不可欠なのです。
この「すぐ動く」とは?
具体的に何か?
●中小の強みを発揮するために必要なもの
新たなお客様、新たな市場を獲得するのに、まず必要なのは「選ばれる理由」です。やみくもに営業をかけても、成果につながるものではありません。経営者なら誰でも知っています。
だから、中小製造企業が勝負すべきは、広い市場ではなく、特定の小さな市場です。その中でシェアトップを狙えるかどうか。ここが重要な分かれ道になります。
特定の小さな市場で構いません。そこで「なぜ御社なのか」と問われたとき、即答できる理由があるかどうか。これがなければ、新たなお客様や新市場への挑戦は空回りします。
逆に言えば、選ばれる理由が明確になった市場では、規模の大小に関係なく勝てる可能性が一気に高まるのです。
中小の経営資源には制約があります。人も、お金も、時間も限られている、だからこそ、焦点を絞ることが欠かせません。
世界一のパン屋を目指すより、町内一のパン屋を目指した方が、選ばれる理由を設定しやすいのと同じです。
勝てる土俵を自ら選ぶという意思決定が、経営者には求められます。
中小製造企業の強みは、柔軟性、小回り性、機動性にあるとよく言われます。実際、多くのお客様が中小に期待しているのは、この点です。
大手がやりたがらないこと、大手では動きが遅くなることを、素早く形にできる。これが中小の存在価値です。
ただし、これらの強みは「スピード」があって初めて発揮されます。
意思決定が遅ければ、柔軟性も小回り性も絵に描いた餅です。この経営者が語った「すぐ動く」とは、まさに意思決定の速さを指しています。
市場からの声に対して、その場で方向性を示せるかどうか。
トップの決断スピードが、中小の強みを現実の成果に変える前提条件です。仕事のパートナーは待ってくれますが、商機は待ってくれません。
中小では、スピードが商機を収益に変えるのです。
●縦と横のスピード
中小製造企業におけるスピードには、二つの方向があります。
縦のスピードと横のスピードです。この二つを区別して捉えないと、「すぐ動いているつもり」が実は空回りしている、という事態に陥ります。
縦のスピードとは、経営者による意志決定の速さです。経営者の周りに流れる情報の速さも意思決定に影響を及ぼします。
お客様や市場から新たな情報が入ってきたとき、それを誰が受け取り、どう整理し、どこまでの判断を、どれくらいの時間で下すのか。
中小製造企業では、この縦方向の情報処理が、経営者を起点として4階層の指示導線で流れます。経営者層、管理する人、指示する人、作業する人。この縦の流れがふんづまると、商機はあっという間に目の前から消えていきます。
この経営者が言う「すぐ動く」とは、商談の場での即断即決を意味しています。
もちろん、その場で全てを決めるわけではありません。日頃から右腕役や現場キーパーソンと情報を共有し、生産能力やコア技術、制約条件をすり合わせているからこそ、短時間で方向性を示せるのです。
縦のスピードは、準備の量に比例します。準備なき即断は無謀ですが、準備が整っていれば、即断は競争力になります。
一方、横のスピードとは、製造現場でのモノの流れの速さです。現場に流れる情報の速さがモノの流れを決めます。
工程内を流れる作業、工程と工程の間を流れる仕掛品。その流れに沿って、必要な情報が滞りなく伝わっているかどうか。
横のスピードが遅ければ、いくら縦で早く決めても、テキパキした切れのいい製造になりません。リードタイム短縮が重要だと言われるのは、この横のスピードが付加価値額の積み上げに直結するからです。
縦と横は別物ですが、切り離して考えることはできません。
縦で決めた方針や判断基準が、横連携を実現させる現場に伝わっていなければ、現場は迷います。さらに、現場の判断基準がバラバラであれば、横の流れは遅くなります。
中小製造企業がスピードを武器にするためには、縦と横の両方を意識し、情報とモノの流れを一体で整える必要があるのです。
●頭の中を伝える努力をしたか?
工場経営のスピードには、縦と横があります。情報のスピードとモノのスピードです。
そして、もう一つ、付け加えるべきことがあります。
それは、すべてのスピードは「経営者の頭の中」にある方針や考え方に従って決まる、という事実です。
経営者は、自分の考えは当然のように社内に伝わっていると思いがちです。しかし、実際にはそうではありません。
経営者の頭の中にある判断基準や優先順位は、あえて、わざわざ、手間暇かけて、伝える努力をしなければ、従業員にはほとんど伝わっていないのです。
縦のスピードも、横のスピードも、この前提が崩れると一気に失速します。
製販一体、全社一丸でなければスピードアップはできません。したがって、右腕役や現場キーパーソンだけでなく、作業者1人ひとりの協力が必要となってきます。
特に横のスピードが発揮される舞台は現場です。右腕役や現場キーパーソン、そして作業者一人ひとりが、同じ判断基準で動けなければ、横の連携が生まれず、スムーズなモノの流れはできません。
現場が迷うたびに上を仰ぎ、確認を取り、指示を待つようでは、スピードは武器にならないのです。
では、人はどうすれば協力してくれるのか?
いきなり「早くやれ」「協力してくれ」と頼んでも、人は動きません。
人は、事情を理解して初めて腹落ちします。なぜ今これをやるのか。なぜ急ぐ必要があるのか。その説明があってこそ、協力が引き出されます。
この役割を果たすのが、ロードマップや経営計画書です。
口頭で伝えたつもりになっても、人はすぐ忘れます。書かれたものとして残し、繰り返し目に触れることで、ようやく理解が深まります。
先の経営者は、この点で労を惜しみません。
製販一体の会議で自ら語り、定期的に文書で会社の状況と考え方を伝え続けています。短期的な成果を求めるのではなく、時間を味方につけて、ベクトルを揃えてきたのです。
だからこそ、この経営者は「すぐに動いているからです」と言い切れるのでしょう。
工場における外、内、それぞれで、しっかりしたタイムマネジメントができているのです。
製販一体で縦と横のスピードを実現するには、経営者が自分の頭の中を、あえて、わざわざ、手間暇かけて伝える努力をすることが欠かせません。
貴社では、経営者の考え方が、どこまで現場に伝わっているでしょうか。その伝達の量と質こそが、スピードの限界を決めているかもしれません。
次は貴社が挑戦する番です!
成長する現場は、現場努力ではなく経営判断の設計問題としてスピードアップに取り組む
衰退する現場は、個人の改善活動水準で取り組むので全体としてのスピードはアップしない