「生産性ロードマップ戦略」—儲かる工場経営を目指して—第130話 儲かる工場経営の前提条件
貴社では安全が習慣化されていますか?
「現場で災害が発生してしまって。。。」
年末年始の期間中、今、ご一緒に仕事をしている経営者の方から連絡がありました。幸い、被災者は、当コラムを執筆している時点で、すでに回復へ向かっています。
当コラムでは、儲かる工場経営をテーマに、中小製造現場で付加価値額を効率良く積み上げるポイントをお伝えしています。付加価値額生産性の向上と右腕役の人材育成です。
その儲かる工場経営には、いわゆるQCDで説明される生産3条件の他に、前提条件として、忘れてはならないモノがあります。
「安全」です。
伊藤の専門は生産技術、製造技術の土台となる生産管理(品質管理、原価管理、工程管理)であり、固有技術の範疇では金属工学です。
ですから、必ずしも安全の専門家というわけではありません。
しかしながら、製造現場で現場を引っ張る業務に携わるのなら、いやでも専門性を高めないとならない分野がこの「安全」です。
伊藤も中小現場で管理者業務に汗をかいていた頃、「安全」について強烈な体験(後述)をしており、その重要性を人一倍、身に染みて理解しています。
ですから、ご指導先の現場では、”本題”に加えて、「安全」に関して気になるところを指摘することがありますが、あくまで、それは付随的でした。
今後は管理者業務の経験を踏まえて、儲かる工場経営の前提条件も経営者の方々にお伝えすべきかもしれません。
先の経営者の現場は、リーダーを中心にとした一体感に満ちた現場です。現行ラインでどこまで生産性を高められるか、現行の設備と人員で、どこま付加価値額を積み上げられるかに挑戦しようとしています。
現場改革の方向性を示す3つの羅針盤で言うならば、一つ目の「一体化」はとうの昔に卒業という水準の現場です。
そうした現場にも、ふと”魔の瞬間”が訪れるものだと、その経営者から発生状況を伺って感じた次第です。
職場環境の整備に心を砕いている経営者とその経営者の想いに応えているリーダーや作業者、こうした現場であっても、災害は突然、襲いかかってきます。
先の経営者から届いた言葉は、クライアント企業全てが本年を成長と発展に向けた飛躍の年にしてもらいたいと考えている伊藤に、改めて、製造現場で欠かせない観点を思い起させてくれました。
まずは「安全」、この前提条件がなければ儲かる工場経営は成立しません。
「勝ちに不思議の勝ちあり 負けに不思議の負けなし」
これは、平戸藩(長崎県)の9代藩主、松浦静山が書いた剣術の指南書「剣談(けんだん)」の中にある言葉です。
勝ちは偶然という要素が入り込むものだと謙虚に受け止める一方、負けを「運が悪かった」と片づけるのではなく、失敗には必ず原因があるのだから、それを突き止めて次に生かすことが重要であると説いています。
プロ野球往年の名捕手・監督、野村克也氏が1980年代に「負けに不思議の負けなし」という本を出版して、広く知られるようになった言葉であり、耳にしたことがある皆さんもいらっしゃるでしょう。(出典:読売新聞(YOMIURI ONLINE)2017年09月04日)
製造現場での「安全」もまったく同じです。不幸にして発生した災害には間違いなく、明らかな原因があります。そして無災害が達成できたのは、たまたまだったかもしれないのです。
ですから、無災害であっても、継続的なヒヤリハットの抽出と除去活動など、地道な安全活動が求められます。「安全」はあって当たり前。儲かる工場経営の前提条件だからです。
「安全」の重要性に異を唱える経営者はいません。皆さん、頭では理解をしています。しかしながら、正直なところ、経営資源に制約がある中小現場で実のある安全活動を継続させるのは意外と難しいものです。
大手でしたら安全の専任を置き、現場指導をする担当者を置きますが、中小で、そこまでやる余裕のある現場は希です。中小ならではの対応が求められます。
また、安全活動は付加価値額積み上げへの貢献度を計るのは難しいです。しかし、軽視はできません。
「安全」はあって当たり前、労災はそもそも無くて当たり前、無災害だったからと言って、取り立てて、その経営者が賞賛されるわけではありませんが、その一方で、絶対に維持しなければならないのがゼロ災害でもあります。
だからこそ、日々、納期に追われる忙しい現場で、災害の原因を事前に潰し、「安全」を確保するには、経営者の強い想いが欠かせないのです。
ゼロ災害は儲かる工場経営の前提であるとの強い信念のもと、地道な活安全動を継続させ、災害原因の芽を事前に摘み取ります。
安全確保を現場に丸投げか、通り一遍の対応で済ませていないか?安全・衛生でやるべきことがないか?振り返ってください。
不幸にして労災を発生させた経験のある経営者なら、従業員を2度とこのような目に遭わせてなるものかと、既に、取り組まれていることでしょう。
ですから、ここで、今一度、注意を喚起したいのは、幸いにそうした事故がなく、これまで無災害でやられてきた経営者、あるいは過去経験があるものの、昨今、忙しさに流され「安全」への具体策が疎かになったと感じる経営者です。
あらゆることは経験を通して学び、次に生かしたいものですが、こと”労災”だけは例外だと伊藤は断言します。従業員が経験しなくて済むのなら、絶対にそうしたいのが労災です。
伊藤は中小の現場管理者を4年ほど経験しました。複数の職場で構成された、総勢40人程度現場です。
大手から中途でその企業へ転職したと言う事情もあり、最初の仕事は自分自身を知ってもらうことでした。
現場とのコミュニケーションを重ね、2年の月日を経るうちにやっと管理者としての仕事ができるようになった頃のことです。半年間、毎月、安全・衛生に関連した問題が連続して発生したことがあります。
休業災害、不休災害、体調不良が原因となった緊急事態等など、特に程度の大小こそあれ、労災が複数件、重なって発生したのです。
それまで、数年間、ゼロ災害に等しい状況を続けていた職場です。そのような職場で立て続けに安全・衛生に関連した問題、特に労災が発生しました。
リーダー達と原因究明および対策立案を進めながら、一方で労基署へ対応、例えば指導票の提出等をやりました。1つの案件への対応が終わり、被災者の職場復帰の目処が立ち、やれやれというところで、追い打ちを掛けるように、新たな災害の発生。
そこでまた対応。24時間稼働の職場もあり、事故発生が夜中ということもありました。これまでにない非常事態に、思わず”何かの呪いか?”と考えずにはいられないほどでした。
度重なる労災のため、眠りも浅くなり、辛い時期があったことを思い出します。そうした経験もあり、「労災」という言葉とともに当時のことがトラウマのように思い出され、胸がきゅーっと締め付けられる思いがします。
被災した本人、それとご家族の姿を目にして、管理者の立場で労災を未然に防げなかったのかという思いにとらわれたものです。
先の経営者の連絡を電話で耳にしたとき、まさに、そんな気持ちになりました。本人、ご家族のことを思い、自分の痛みとして感じるのが中小製造企業の経営者です。
どんなに大変な思いをしていると考えずにはいられません。あれこれ対応を進めるのにも、かなりの気力が必要だったはずです。
さらに、非常事態におけるリーダー達の行動の仕方を見ることで、真のリーダー、つまり右腕役となってくれる人材を知ることができるという経験もしました。
労災を発生させたのは会社の仕事のやらせ方が悪かったからで、自分には関係がないと傍観者の態度をとるリーダーは論外です。
非常事態において、四の五の言うこと自体、リーダーの資質に欠けます。経営者が窮地に立ったとき、一肌脱いで乗り切ろうとリーダーシップを発揮できる人材こそリーダーの中のリーダー、経営者の右腕役です。
労災での対応策について、あれこれ理屈を言っているようでは、被災した仲間の痛みを理解する想像力に欠けていると言わざるを得ません。
伊藤の場合、管理者として担当していた各職場には幸い、頼りになるリーダーがいました。このリーダー達には今でも感謝をしています。
あのとき、新たな職場に受け入れられていないような状況で、右腕役のリーダー達がいなかったら、乗り越えられたとは思えないからです。
あの半年間はとても苦しかったですが、右腕役を担ってくれたリーダー達と一緒に進めた対応策が少しずつ現場へ浸透したのか、その後、パタッと問題は発生しなくなりました。
伊藤は「安全」の専門家ではりませんが、こうした強烈な体験を通じて、中小現場でやるべき安全・衛生活動のキモを体得しました。
やるべきことは、「安全」を作業者の意識にすり込むこと、と考えています。寝る前に歯磨きをしなければ、気持ちが悪いのと同様に、安全を習慣化することです。
強制ではなく習慣化。中小の現場ではこれです。
振り返ると3つに整理できます。
1)安全文化・風土
2)繰り返し・反復
3)人間関係・チームワーク
1)安全文化・風土
「ご安全に!!」
このかけ声を知っていますか。企業によっては、現場の通路ですれ違うとき、相互にこれで挨拶をしています。
伊藤が所属していた企業でも、右手の親指と人差し指で丸の形をつくって頭上に掲げ、「ご安全に!!」と声を掛け合うのが作法となっていました。(ちなみに、丸はゼロ災害の”ゼロ”を意味していました。)
「ご安全に」の由来は、昔、ドイツの炭鉱夫たちが使っていた「ご無事で!(Gluckauf、グリュックアウフ)」という挨拶にあるとされています。
日本では住友金属工業で「ご安全に!」が使われ、その後鉄鋼業界を中心に製造業に広まったようです。
「安全」ならではのかけ声であり、非日常的であるが故に「安全」の意識を現場へ浸透させるのに効果的ではないでしょうか?
そうした例にならい、先の現場では、新たに指差呼称の習慣を取り入れました。作業の始動時に、動作を一旦止めて、「安全」を意識し、確認するのが指差呼称の狙いです。動作を習慣化して「安全」の意識を刷り込みます。
「ご安全に!!」が自然と発せられる職場では、「安全」がその職場の文化や風土の一部となっていると言えるでしょう。
不安全行為をやってしまいそう場面で「安全」の意識が歯止めになってくれます。現場の安全文化・風土を醸成する象徴的な動作、言葉を浸透させるのです。
2)繰り返し・反復
「安全」を作業者の意識に刷り込み、習慣化するには、スポーツでの反復練習ではないですが、繰り返しがカギです。
先の現場では朝礼、昼礼での安全・衛生に関する情報伝達、週1回の労災事例の紹介を継続しました。
毎週の安全巡視と称して若手を中心に声がけもしました。狙いは、「安全」を意識しながら動作することが当たり前の状況にすることです。
そのことを繰り返し、繰り返し、若手へ言い続けること。ある意味、根競べ。QCDに先立ち、現場に立つ人間の義務として「安全」があることを若手へしつこいほど語りかけました。
習慣化が狙いですので、大規模なことをたまにやるくらいなら、小規模でも毎日できることを継続する方が効果的です。
3)人間関係・チームワーク
故障や事故は避けられないという観点であらかじめそうした事態に備える、フォールトトレランスという発想があります。
そこからフェールセーフやフールプルーフという設計手法が導かれ、ハード的な安全対策はある程度できます。「安全」の水準を高めるのに欠かせない取り組みです。ただ、これだけで済まないのが安全対策でもあります。
高度化・複雑化しているモノづくりです。予想されない事態が起こることを考えなければなりません。そもそも労災の多くは想定範囲外で起きることも少なくないからです。
しかし、一方で明らかな原因があるのも労災です。そして、それらはヒューマンエラーという人に起因することが少なくありません。伊藤が経験した先の中小の現場ではそうでした。
ですから、ヒアリハットや不安行為を見逃さず、危険の芽をドンドン摘み取る雰囲気が現場に求められます。
ベテランがいつも仲間の行動に目を配り、不安全行為があれば厳しく叱る。若手同士も声を掛け合って、安全作業に従事する。
こうしたことが普通にやられている現場であるなら、問題発生リスクを極限にまで下げられるはずです。
そこで欠かせないのが良き人間関係でありチームワークです。右腕役を担うリーダー達の行動がカギとなります。
良き人間関係でありチームワーク、右腕役のリーダーたち・・・・現場改革を推進するうえで、これらは欠かせない要因ですが、同様に、安全維持にも欠かせません。
なぜなら、強制ではなく、習慣化で対応したいからです。中小現場ならではのやり方ではないでしょうか?
安全は儲かる工場経営の前提条件です。前提条件のためにやるべきことは何か?取りこぼしはないか?今一度、振り返って下さい。
それと、経営者の右腕役を担うリーダー達の役割どころは大きいです。儲かる工場経営を進めるリーダー役であるとともに、非常事態では体を張って現場を守る使命感を持った”弁慶”役でもあるからです。
こうした右腕役を持ってこそ経営者は、安心して5年先、10年先を持って見通せます。右腕役を見極め、育てることも経営者の重要な仕事である所以です。
・成長する現場は、被災した仲間を思い、必死になって労災対策に取り組み、仕事のやり方を変える。
・現状維持にとどまり、今の仕事のやり方でいいと思い込んでいる現場は、被災した仲間の痛みも理解できない。
「安全」を作業者の意識にすり込む、習慣化のやり方を考えませんか?