「生産性ロードマップ戦略」—儲かる工場経営を目指して—第358話 忙しいと言っているうちは改革が進まないその理由とは?

「仕事が忙しくて、技能伝承の時間を取れません。」

個別相談をいただいた30人規模、金属素材加工メーカー経営者の言葉です。

 

地元の大手企業を主要なお客様としています。売上高は減少気味です。従来の下請け型モデルだけでは成長できません。新たな下請けモデルも構築する必要があります。

技能が品質に大きく影響を及ぼす特殊加工分野で独自性を出そうと考えている経営者です。特殊加工技術を選んでくれる新たなお客様と出会うことが経営課題となります。

 

それと並行して、必要なのが技能伝承です。特殊加工は数人のベテランしかできま新たな新たなお客様と出会うために、内での改革も必要です。

今のままでは、特殊加工分野で拡販しても、付加価値額上乗せ機会を生かせません。特殊加工製品に投入できる工数が限られるからです。特殊加工技術を扱える従業員を増やします。

解決策は多能工化。

これしかありません。若手をはじめとした他従業員も特殊加工ができるようにします。

 

そこで、先の経営者は、ベテラン従業員に、若手従業員を指導するよう指示しました。指示を受けたベテランは業務の合間をぬってやろうとしています。

しかし、なかなか進みません。

「業務が忙しくて時間を取れません。」との声がベテランばかりでなく、若手従業員からも上がっています。冒頭の言葉です。

 

 

 

 

 

技能伝承に限らず、人時生産性向上活動や種々の現場活動は、作業者に「余分な業務」と認識されがちです。製造現場の最大の仕事は納期遵守。

したがって、作業者にとって、納期遵守以外の業務は「余分な業務」と捉えられます。

 

これは作業者が手抜きをしているのではありません。納期を守れなかったら困るので、その懸念を排除しようとしているだけです。納期遵守は絶対!と教えられるのでそうなります。

口頭による作業指示だけでは、「余分な業務」を遂行する動機付けは低いままです。

 

・指示された仕事を決められた手順で、安全と品質に留意しながら納期通りつくること。

これが現場の仕事です。ただし、これだけやっていれば儲かる時代は過ぎました。

 

黙っていてもお客さまから受注の問い合わせが舞い込むならば、さばくことに専念していてもある程度、儲かります。

技術は進化し、競合がドンドン追い上げている昨今、お客さまに選ばれるためのハードルは高くなっているのです。

手を上げて、お客様に見つけてもらえるウリがないと、お客様に選ばれにくくなりました。

 

 

 

 

 

・製造業で事業をやる以上、現状維持は相対的な後退。

現場は納期遵守だけではなく、昨日よりも今日、今日よりも明日というように、日々、変わることも求められます。変わるためには、納期遵守以外の仕事もこなさなければなりません。

少なくとも、経営者は従業員にそうなってもらいたいと考えています。

 

しかし、納期遵守の仕事しかやってこなかった現場にとっては、今やっている仕事の上に別の業務が上乗せされるのです。この上乗せが現場に「余分」と感じさせます。

少数精鋭の中小現場ならなおさらです。

ただでさえ、人手が不足気味です。そこに「余分な業務」が上乗せされれば、気持ちの上でも、状況の上でも、「忙しくてできません。」となります。

 

経営者が、納期遵守に加えて、納期遵守以外の「余分な業務」も生き残りのために必要であると明確に宣言し、誰が、いつまでに、何をやって欲しいと伝えない限り、現場は納期遵守以外の「余分な業務」に取り組みません。

余分なので、あえてやらない限り進まないのです。

 

納期遵守以外の「余分な業務」を現場へやらせたかったら、目的や狙いを説明したロードマップで時間軸を示すしか手はありません。

経営者が現場と一緒になって「忙しいから、できないのか・・・・。」という姿勢では、現場のエネルギーはいつまでたっと”励起“されず、改革はできないのです。

現場のエネルギーを”励起”されるのは経営者の言動以外にありません。

経営者は、現場に、誰が、いつまでに、何をやって欲しいのかを示します。これは、技能伝承でも、人時生産性向上活動でも、全て同じです。

納期が抜けているものは仕事ではないのです。納期が抜けているものは、掛け声だけに終わります。

 

 

 

 

 

「技能項目ごとに納期を決めてやりたくても、市場で必要とされるものが予測できないので納期が決められません。」とは先の経営者の言葉。

この一言を耳にして、ご相談先の企業で技能伝承が進まない理由が分かりました。時間軸が示されていないのです。

人手が足りていないから、技能伝承が進み難いということも当然にあります。しかし、それ以上に、納期が示されていないので、現場の動機付けがなされにくいのです。

 

我が社が生き残るために、絶対、必要であるとの意識が揃えば、忙しい、時間がないとの言葉は出てきません。生き残るために、死にもの狂いで、全社一丸となり、徹夜してでも、製販一体で、休日返上してでも、やり遂げようとします。

 

死にもの狂いで、全社一丸となっている現場では、ドラマのようなことが、実際に展開されているのです。そうした経験をしているトップは、そうやって現場を導こうとします。

経営者自身にそれだけの必死さと熱意がなければ、現場もそれなりの対応しかしないのは当たり前です。ロードマップで、経営者の姿勢を時間軸と一緒に言葉で伝えます。

全社のベクトル揃えをする唯一の道具が時間軸を明記したロードマップです。

 

 

 

 

 

・納期遵守は型通りにやる仕事、納期遵守以外の仕事は型を破る仕事。

納期遵守以外の仕事の大部分は「型を破る」改革の仕事です。前例がありません。前例がないので経験者はいないのです。手順もありません。現場丸投げでは進まないのが改革です。

 

納期遵守以外の仕事は指示導線のトップダウンで駆け抜けるしかありません。無理を承知でやるのが改革です。文字通り、型破りの言動も求められます。トップダウンが不可欠であるという所以です。

 

前例がないので、時間軸を決めておかないとズルズルいく懸念があります。ロードマップではマイルストンの設定が大事です。

PDCAのCとAを機能させます。忙しくてできなかったのなら、マイルストンで振り返り、やり方を変えるのです。

ロードマップは、忙しいからできないではなく、忙しいけどやるにはどうするかとの思考回路を持たせる道具でもあります。時間軸、納期に経営者の意志や意図が反映されます。

 

 

 

 

 

儲かる工場経営は逆算です。

我が社が生き残るのに必要な営業利益から逆算して、必要仕事量を設定します。経営者の手にしたい成果と納期を設定し、そこから逆算して、今、何をやらなければならないのかを設定します。

 

ロードマップにはそうした経営者の逆算プロセスが書かれるのです。現場はそれを辿って成果獲得への道を歩みます。思考回路を一緒にすることで生まれるのが共通用語です。

指示導線が強化されます。

 

トップ営業の計画と実績を毎週の工程会議で営業部門だけでなく、設計、製造のキーパーソンへ説明している経営者がいます。

毎月、仕事に対する姿勢と積み上げるべき付加価値額を文書で、丁寧に伝え続けている経営者がいます。

日本語が伝わりにくい外国籍の従業員が多い現場で、毎日、計画数値と実績数値を見やすく工夫したボードで生産状況を丁寧に説明している経営者がいます。

こうした経営者の移動累計は右肩上がりです。右肩上がりには、右肩上がりになる理由があります。“たまたま”はありません。

 

一方、忙しくて目前のことしかできないのが現状だと語る経営者や理想は分かるけれども時間がなくてそうできないと説明する経営者もいます。

忙しいといっているうちは、改革は起きません。

 

ご支援先の経営者の背景は多様です。いろいろな経緯で今に至っています。

今がどんな状況であれ、目指していただきたいのは、時間軸を設定して、誰が、いつまでに、何をやって欲しいのかを示す仕事のやり方を現場に定着させることです。

そうなると、現場キーパーソンに工場のことを任せられます。社長業に専念できると、ストレスが減るようです。そう説明してくださる経営者がいます。

 

 

 

 

 

「分かっていたことですが、直接に言ってもらったおかげで、やらねばという気持ちになりました。」先の相談をいただいた経営者が最後に語った言葉です。

分かっていても、なかなか踏み出せないことがあります。

 

多くのプロスポーツ選手がコーチやトレーナーに指導をお願いしているのは専門知識の伝授もさることながら、折れそうになる気持ちの後押し役も期待してのことではないでしょうか?

励ましを受ければ、頑張りたくなるのが人間です。

 

中小製造経営者の後押し役は社内にいません。トップに意見やアドバスをしてくれる従業員はいないからです。給料と雇用の決定権を持っている経営者は、見られているだけです。

その意味で先の経営者の言葉は理解できます。

次は貴社の番です!

 

成長する現場は、時間軸や誰が、いつまでに、何をやって欲しいを知って、改革を進める

衰退する現場は、理想は分かるけれども時間がなくてそうできないので現状維持のまま