「生産性ロードマップ戦略」—儲かる工場経営を目指して—第509話 なぜ、社長の頭の中は現場で再現されないのか?
●「言葉」に対してどれだけの感度を持っているか?
「品質造り込み体制こそ、ウチの現場に必要なことですね。」
30人規模設備組立メーカーでの「ワイガヤ」で、30代後半課長である右腕役がそう口にしました。
3回目の実践会です。現場キーパーソンも交えて、人時生産性向上の議論をしていました。
人時生産性を高めるやり方は一つではありません。パッケージ化された進め方はありますが、そのまま当てはめても成果は出ません。
現場の現状、経営者の想い、右腕役や現場キーパーソンの志を踏まえ、この会社にとって何が最も効果的かを探る必要があります。そのために、事前にベクトルを揃えるワイガヤは欠かせません。共通の言葉を探りながら、最適な課題を見つけるのです。
実際、この場でも経営者が当初設定していた課題とは異なる論点に行き着きました。議論が進むにつれて、現場の意思が反映され、良い意味での軌道修正が起きたのです。
この会社の右腕役や現場キーパーソンは感度が高く、知識を吸収しようとする意欲があります。
キーワードを与えるとすぐに反応があり、うまくいかなければすぐにフィードバックが返ってくる。その空気感は、20年間勤務していた大手自動車部品工場時代の現場を思い出させるものでした。
一体感があり、前向きで、自責の思考回路が根付いている現場です。
しかし一方で、経営者は大きなもどかしさを抱えていました。
新規顧客の開拓に挑戦し、目の前に商機が見えているにもかかわらず、それを取りに行けないのです。お客様から新製品の相談を持ち掛けられても、工場の状況が気になり、現場を離れられません。
右腕役や現場キーパーソンは頼もしいです。しかし、それでも任せきれない。だから経営者自身が現場に気を配り続けるしかない。この状態では、商機を逃してしまうのも無理はありません。経営者は一人です。だから現場から離れられないのです。
その状況を打開するために設定した課題でしたが、ワイガヤの中で浮かび上がってきたのが「品質造り込み体制」という言葉でした。プロジェクト開始時には想定していなかったキーワードと言えます。
この右腕役はその言葉を初めて聞いたはずです。しかし、説明を受けるとすぐにイメージをつかみ、「今の現場に必要なのはこれだ」と感じ取ってくれました。
経営者の日頃の言葉が、従業員の思考に刺激を与えているからこそ、思い込みや独善に陥らず、素直に本質を捉えることができるのです。
現場は経営者の鏡です。この現場が持つ素直さと感度の高さは、経営者の言動の積み重ねによって生まれています。そして、その延長線上で、この右腕役は「品質造り込み体制」という言葉に反応したのです。
貴社の右腕役や現場キーパーソンは、こうした「言葉」に対してどれだけの感度を持っているでしょうか?
●「品質造り込み体制」の本質はチームの力にある
「品質造り込み体制」の本質は極めてシンプルです。「チームの力」を発揮させる仕組みです。「チームの力」を品質管理の側面から説明した言葉と言えます。
儲かる工場経営における品質管理の方針は2つです。
・品質不具合品を流出させない
・品質不具合品をつくらない
多くの中小現場に、前者の仕組みはあります。「検査」です。検査は、造ってしまった不具合品を見つけて止める活動であり、特に出荷前検査は最後の砦となります。
ここで求められるのは「個の力」です。検査員一人ひとりの技能、注意力、経験が品質を支えます。これはこれで大事な仕組みです。しかし、検査をいくら強化しても、不具合の発生そのものを減らすことはできません。
一方、後者の「品質不具合品をつくらない」という考え方は、全く別の領域にあります。ここで必要になるのは「情報共有」です。
製造に入る前に、注意点や上手く造るコツ、過去に起きたトラブルとその対策を、関係者全員で共有します。「チームの力」。これがあれば不具合の発生を未然に防げるのです。
・流出防止=検査=個の力
・未然防止=情報共有=チームの力
この「未然防止」を機能させる体制が「品質造り込み体制」です。小数精鋭の中小現場では、不具合は「絶対に未然に防ぎたい」のです。もともと人手が足りていません。そして、品質管理を「個人の頑張り」から「組織の仕組み」へ引き上げます。
この企業の現場の作業者一人ひとりはよく頑張っています。ベテランは技能を発揮し、良い仕事をしてくれているのです。したがって、順調なときは、それでしっかり回ります。
しかし、トラブルが起きたとき、あるいはトラブルを未然に防ごうとしたとき、求められるのは個人の力ではありません。「チームの力」です。右腕役は、今の現場に欠けているのはそこだと感じ取っていました。
さらに重要なのは、この課題が現場の努力で解決する性質のものではないという点です。
経営者は外で商機を取りにいかなければなりません。そのためには、指示がなくても工場が回る状態をつくらなければならないのです。しかし現状は、経営者の指示があって初めて回る工場になっている。だから離れられない。
これは明らかに構造の問題です。指示がなくても回る状態にしなければ、経営者は一生現場から離れられません。
品質造り込み体制の中心は「情報の流れ」にあります。工程フロー、見積もり、図面、過去トラブル。これらの情報を事前に流し、現場で共有するのです。
そして、受け取った側は実績を返します。特に重要なのは「問題が起きたとき」です。その対応内容を蓄積し、過去トラとして残します。次の仕事でそれを事前に共有すれば、再発防止ができるのは明らかです。
この循環が回り始めると、未然に防ぐ力が組織として積み上がっていきます。「チームの力」です。
この一連の流れは、誰か一人が頑張っても成立しません。情報を流す側、受け取る側、実績を返す側、その全てがつながって初めて機能します。だからこそ「チームの力」なのです。
この支援先企業の右腕役は「品質造り込み体制」という言葉にピンときてくれました。この言葉一つで、現場のあるべき姿をイメージできたこと。これは重要です。
つまり、経営者の思考と同じ方向を向いたといえます。経営者と同じ思考回路で判断できる状態になっていました。
なぜこうした望ましい状況になっていたのか?
経営者が日頃から言葉で意思と意図を伝えていたからです。
右腕役の中に、その経営者と同じように考える「思考の土台」ができていました。その結果、経営者が望む思考回路の共有に至っています。これは、目の前で繰り広げられる経営者と右腕役と会話を見れば分かることです。
問題は現場の能力ではありません。経営者の考えが、言葉としてどれだけ伝わっているか。その構造にあります。経営者は「言葉」を大事にしなければならないのです。
●社長の仕事は「言葉」で思考回路をつくること
経営者の意思と意図を従業員に伝える手段は何か?
それは「言葉」です。これ以外にありません。
現場に任せたいのであれば、任せられる状態をつくらなければなりません。その状態とは何か。経営者と同じ思考回路で判断できる人材がいる状態です。右腕役や現場キーパーソンが、経営者と同じ基準で物事を考え、判断し、行動できる状態です。
その思考回路をつくる手段が「言葉」です。
日々の会話、指示、フィードバック、評価。経営者の言動のすべてが、現場に影響を与えます。小さな一言の積み重ねが、従業員の自分本位の考え方を変え、判断基準を変え、やがて思考回路そのものを変えていきます。
「積小為大」と言う言葉があります。まさしく、これです。右腕役を育成する経営者の姿勢を見事に言い表しています。
一度や二度の説明で変わるものではありません。毎日、繰り返し、繰り返し伝える。うまくいったときも、失敗したときも、その意味を言葉で伝える。この積み重ねが、右腕役や現場キーパーソンの中に、経営者と同じ思考回路を育てていきます。
この企業の経営者の姿を見ていると、この「毎日、繰り返し、繰り返し言葉で伝える」大切さに腹落ちするのです。経営者の言葉に感度よく反応してくれる右腕役の存在には理由があります。
そしてもう一つ重要なことがあります。経営者自身の姿です。
工場に張り付くのではなく、市場に向き合う必死の姿。新規顧客の開拓に動く。商機を取りに行く。その必死の姿を現場は見ています。
「社長は我が社の将来のために頑張ってくれている」と感じた従業員の中から、志ある人材が育ちます。我が社の将来とは自分の将来と同義です。
志を持ったその人材が右腕役や現場キーパーソンとなってくれます。
中小製造業において、これ以上の人材育成の教材はありません。経営者の言動そのものが教材です。
だからこそ、工場を不在にするのであれば、なおさら「言葉」の役割は大きくなります。直接見ていなくても、同じ判断ができるようにする。言葉で思考回路を埋め込むのです。
経営者の仕事は現場改善ではありません。現場改善は現場の仕事です。経営者の仕事は、儲かる事業モデルをつくることです。そして、その実現に向けて、現場に判断基準を渡し、任せることです。
その判断基準を伝える手段が「言葉」です。
言語化できない構想は、現場では再現されません。言葉になっていない意思は、伝わりません。だから、任せられないのです。
実際、儲かる工場経営の構想自体は極めて抽象度が高いものです。それを現場で再現できるレベルまで具体化し、言葉にしていくことは容易ではありません。
だからこそ、経営者には壁打ちのような議論が必要になるのです。
儲かる工場経営の要点を行き来しながら、経営者自身は言葉として整理していく。このプロセスそのものが、言語化スキルを高めるトレーニングの場になります。
貴社には、経営者の言葉を磨き上げる場がありますか?もし無いのであれば、社長の構想は、「社長の頭の中」で止まったままです。
言葉で思考回路を伝えられる経営者は、現場を離れられます。右腕役や現場キーパーソンが同じ判断で工場を回すからです。少数精鋭でありながら、大手のように機能する工場になります。
そうなれば、経営者は市場に専念できます。商機を逃さず、事業を拡大できる。社長業に専念できる工場が儲からないはずがありません。プロジェクトに着手して日が浅いですが、この現場には期待感しかないのです。
経営者が言語化スキルを高めなければならない理由は、ここにあります。それは単なる説明力ではありません。工場を任せるための力であり、事業を成長させるための力です。
言葉は放っておいて磨かれるものではありません。意図的に鍛えなければ、経営者の頭の中に留まり続けます。貴社では、経営者の「言葉」が現場で判断基準として使われていますか?
次は貴社が挑戦する番です!
成長する現場は、議論の壁打ちで言語化スキルの高い経営者の言葉に感度高く反応できる
衰退する現場は、経営者の言葉に感じることなく、具体的な作業指示にしか反応できない