「工場実装コンサルティング」—儲かる工場経営を目指して—第518話 なぜ、社長の目標は現場の行動に変わらないのか?
●プロジェクト説明会で出たベテラン従業員の言葉
「現場では具体的にどうすればいいのでしょうか?」
5年後を目指したプロジェクトについて、支援先企業の社長が従業員に説明をした時のことです。説明が終わり、「感想はどうですか?」と従業員へ問いかけました。すると、ある工程のベテラン従業員が返してくれたのが、冒頭の言葉です。
この企業の社長は、5年後を見据えて、利益を増やし、従業員の給料も上げたいと考えています。これは、多くの中小製造企業経営者に共通する願いです。
だからこそ、人時生産性は経営指標から外せません。儲けを積み上げるために、今、自社がどこにいるのかを知る重要な指標だからです。
ただし、経営指標に魔法の力があるわけではありません。指標を掲げただけでは儲からない。大事なのは、経営指標を通じて、現在の立ち位置を知ることです。
標準がなければ、カイゼンは成立しないと言われます。標準とは、今の立ち位置を示すものです。今の立ち位置が分かるから、目標とのギャップが見えます。
そのギャップを埋めるのがカイゼンです。
この社長も、以前から人時生産性という指標を使っています。
外部の指導を受けた時に勧められたからです。ただ、その意味するところの理解は浅く、「生産性だから大きい方がいい」くらいの受け止めにとどまっていました。
ところが、製造業の事業構造を踏まえると、人時生産性の見え方は変わります。
固定費は先行投資であり、リードタイム短縮の必要性も見えてくるのです。人時生産性を自社に当てはめ、社長はようやく、指標の意味に腹落ちできました。
そこで、社長は改めて、今の立ち位置と5年後の目標を整理したのです。そして、売上高や利益と擦り合わせながら、初めて中長期の数値目標を掲げました。
社長の説明に耳を傾ける従業員は、思った以上に真剣でした。会社の将来は、自分の将来でもあります。自分の会社が5年後に目指す売上高や生産性を理解しようとしていました。
そして、あるベテラン従業員は、社長の話を聞いて、「あぁ、そうなのか」で終わらせませんでした。気になることがあったのです。
「現場では具体的にどうすればいいのでしょうか?」
そうした疑問を言葉にしてくれました。この言葉は嬉しい反応であると同時に、トップダウンを機能させる要点を教えてくれています。
目標を示すだけでは、現場は動けません。現場が知りたいのは、その目標を日々の仕事でどう受け止め、何を変えればいいのかです。
トップダウンを機能させる要点が、ここにあります。
●トップダウンを機能させる要点
プロジェクトを始めるにあたって大事なのは、ベクトル揃えです。
従業員は、社長の頭の中をそのまま理解できているわけではありません。社長が期待している水準までは伝わっていないと考える方が無難です。
理由は単純です。経営者と従業員では、目線も時間軸も違います。
社長は5年後の売上高、利益、人時生産性を見ています。一方、現場が見ているのは、今日の納期、今週の出来高、目の前の不良です。
社長は、自分の考え方を繰り返し従業員に伝えます。ただ、伝えたつもりになっていることが少なくありません。
「社長が何を目指しているかは何となく分かる。でも、自分たちの仕事で何を変えればいいのかは分からない」。現場では、こうした受け止めが起きます。
経営者の抽象的な構想を、現場の具体的な仕事に置き換える必要があるのです。そのための道具のひとつが数字です。売上高や利益は、従業員とも共有しやすい数字と言えます。
ただし、生産性は伝わりにくい指標です。生産性は分数であり、多寡は分母と分子の組み合わせで決まります。
利益アップと給料アップを目的として、人時生産性を高めたい。そこまでは分かる。そこで、ウチはどうするのか?現場が知りたいのは、そこです。
冒頭のベテラン従業員は、その疑問を口に出してくれました。目標の数値を聞いて「あぁ、そうなのか」で終わりませんでした。
それを達成するには、現場で何をすればいいのか。具体行動に焦点を当てていました。自主性、当事者意識がなければ、出てこない言葉です。
こうした発言は、社長にとって嬉しい出来事です。
ただし、頼もしい人がいるだけで、プロジェクトが進むわけではありません。少数精鋭の中小現場は、目前の納期遵守に追われます。処理するためには力業も必要です。
しかし、プロジェクトで目指す新たな仕事のやり方は、力業の延長ではありません。仕組みとして、再現性のあるやり方を目指す取り組みです。
中小現場で大事な生産性向上は、上限の引き上げより、下限の引き上げ、つまり底上げであることが多いものです。エースだけができるやり方ではなく、現場全体が一定水準でできるやり方へ近づける。ここに、プロジェクトの意味があります。
経営者は目標を掲げ、目標とする売上や利益を実現するために必要な仕事ぶりを、生産性で伝えます。ただ、この段階では、まだ現場が動ける具体的な水準には至っていません。
なぜなら、現場は日頃、作業時間、リードタイム、出来高、不良品数といった現場の実績値で仕事量を測っているからです。
だから、経営者の目標も、現場で使われている仕事量を測る数値まで分解する必要があります。QCDの数値で説明されて初めて、現場は自分たちの仕事として考えられるのです。
トップダウンとは、社長の言葉をそのまま現場に伝えることではありません。社長の判断基準を、右腕役と現場キーパーソンが使える形で手渡すことです。
「目標」と「その目標を達成するための方針」
これらが、現場で実感できる表現になっていなければ、現場を悩ませます。トップダウンを機能させるには、現場が実感できる方針が必要です。
●方針は仕事のやり方を縛っているわけではない
冒頭のベテラン従業員の言葉には、自主性、当事者意識、自分がやらねばという気持ちが表れています。前向きな気持ちがなければ、「具体的にどうすればいいのか」という問いは出てきません。頼もしい存在です。
だからこそ、社長はフォローと評価を重視したいのです。やる気、使命感、真摯さ、誠実さは、座学で教えられるものではありません。人が持ち合わせている資質です。
だから、誰が社長の考えを受け止め、チームを前に進めようとしているのか?それは、教えるというよりも、見極めの対象と言えます。経営者の大事な仕事です。
社長の仕事場は外にあります。市場と向き合い、将来の仕事をつくるためです。
ただし、内の仕事であるフォローと評価を手放してはいけません。右腕役が担える領域もありますが、フォローと評価に経営者の肌感覚が欠かせないものです。
目標と共に方針を伝えることが、トップダウンを機能させる要点です。
目標だけを示されて、現場のアクションプランをすぐに思い浮かべられる中小現場は多くありません。目前の納期を守るだけでも手一杯。だからこそ、方針が必要になります。
この企業の社長は、従業員の自主性を重視し、仕事のやり方にはできるだけ口をはさまないようにしてきました。仕事のやり方を縛りたくないとの考えによります。
その考え方は間違っていません。ただ、方針を出さないままでは、できることもできなくなることがあります。
富士山の山頂を目指すにも、複数のルートがあります。山頂を目指すという目標は同じでも、ルートがばらばらでは、互いに助け合うことは難しいのです。
方針を示すことは、仕事のやり方を縛ることではありません。少数精鋭のチームが応受援性、相互補完性、相互扶助の精神を発揮しやすくする土台をづくりです。
社長が教えるべきことは、細かな作業手順ではなく、目標へ向かうための判断基準です。
目標を掲げるだけでは、現場は動きません。社長の判断基準を、現場が迷わず動ける方針として示すことです。右腕役が育ち、社長が市場で将来をつくる時間を取り戻す工場実装は、ここから始まります。
この企業では、プロジェクトの説明会に引き続き、全従業員への個別の働きかけをやる予定です。プロジェクトの目標だけでは言いっぱなしになります。ベテラン従業員の疑問に答えなければなりません。フォローと評価のやり方はいろいろです。
トップダウンは号令ではない。社長基準を現場の方針にして初めて、現場は自ら動き出す
