「工場実装コンサルティング」—儲かる工場経営を目指して—第523話 なぜ、抽象的な目標だけでは現場は動かないのか?
●プロジェクトリーダー役の製造部長が提案したこと
「その話を従業員全員にしてもらえませんか?」
プロジェクトをスタートさせるにあたり、プロジェクトリーダー役の製造部長と、実践会の進め方を議論していた時のことです。
プロジェクトでは、正味作業時間を増やす具体策のひとつとして、段取り短縮を取り上げました。そこで、段取り短縮で知られる具体事例を製造部長へ説明したのです。
話を聞いた製造部長から、従業員全員に、その話を伝えてほしいとの提案があったのです。
この企業は、40人規模の切削加工企業です。特注品の生産が中心で、複数工程で仕上げる仕事も少なくありません。
各工程の作業者は、自分の持ち場で一生懸命に仕事をしています。ただ、製造部長は、工程と工程の連携がまだ十分ではないと感じていました。
より高度な仕様の案件を受注し、付加価値額を積み上げるには、自工程だけを見ていては足りません。前後工程と同じ情報を持ち、全社の判断基準で仕事を進めることが求められます。
そのために、製造部長は実践会を通じて、チームで仕事をする雰囲気を強めようとしています。ただし、これまで、こうした取り組みを通じて現場を訓練した経験はありません。
現場改革は、号令をかけただけでは進むものではないのです。一人ひとりの見方や受け止め方が変わり、実務の中で行動が変わっていくことが出発点です。そして、意識改革も実務を通さなければ進みません。
このプロジェクトでは、実践会に先立ち、従業員一人ひとりへ働きかける場を設けています。これから個別に話をしていくのです。
正味作業時間を増やすことが、具体的な目標のひとつです。その目標を自分の仕事として捉えてもらうため、製造部長へ段取り短縮の事例を説明しました。
製造部長が求めたのは、知識の説明だけではありません。これから始める取り組みが、実際に成果へつながる姿を、従業員全員に思い描いてもらうことでした。
抽象的な目標だけでは、現場は自分の仕事と結び付けにくい。何を変えれば成果へつながるのか。その道筋が見えなければ、最初の一歩は踏み出しにくいのです。
だからこそ、具体事例が必要でした。製造部長が全員への説明を求めたことには、現場の意識と行動を変える狙いがあったのです。
●意識改革は実務を通してしか実現できない
社長が掲げる目標は、売上高、人時生産性、リードタイム、正味作業時間など、数値や抽象的な言葉で示されることが多いです。経営判断には欠かせません。
しかし、それを現場へそのまま伝えても、作業者が何をどう変えればいいのかまでは見えてきません。
「生産性を高めよう」
「リードタイムを短くしよう」
「正味作業時間を増やそう」
このように言われても、今日の仕事で取るべき行動は曖昧なままです。
特に、自分の工程を確実にこなすことを求められてきた現場では、前後工程との連携まで含めて仕事を変える姿を思い描きにくいものです。
現場が悪いわけではありません。抽象的な目標を具体的な行動へ置き換える材料がないのです。そこで力を発揮するのが、実際に成果を上げた他社事例です。
今回、製造部長へ説明したのは、段取り短縮で知られる「シングル段取り」の事例でした。
自動車のボディ部品は、プレス機に金型を取り付け、鋼板を加工してつくります。これは今も昔も同じです。
車種が変われば、使用する金型も交換しなければなりません。トヨタ自動車でも、1940年代から1950年代には、金型交換に半日ほどかかっていました。
段取り時間が長ければ、一度金型を交換した後、同じ部品を長時間つくり続ける方が効率的に見えます。しかし、このやり方では、一度につくる量が増え、工程間の仕掛在庫も膨らみます。また、多品種へ対応するため、設備を多く確保する必要も生じます。
そこで、トヨタ自動車では現場で、段取り時間を短くする改善が進められました。4時間ほどかかっていた金型交換を、2時間、1時間、30分へと縮め、やがて10分以内で交換するシングル段取りを実現したのです。
4時間の段取りが10分になれば、プレス機が製品をつくる正味作業時間は大幅に増えます。設備を増やさなくても、今ある時間の使い方を変えることで、出来高を増やせます。段取り短縮は、単なる作業時間の短縮ではありません。儲けを積み上げるための改善です。
この具体事例を聞いた作業者は、自分の仕事と比べられます。
「自分たちの段取りにも、まだ減らせる時間があるのではないか」
「前工程と後工程が同じ情報を持てば、待ち時間を減らせるのではないか」
こうした考えが生まれて初めて、正味作業時間を増やすという抽象的な目標が、自分たちの具体的な仕事の課題へ変わります。
具体事例から、改善の考え方をつかむ。そして、その考え方を自分たちの仕事へ当てはめ、何を変えられるか考える。具体から抽象へ進み、再び具体へ戻る。
この手順があるからこそ、社長の目標が現場の行動へつながります。
ただし、事例を聞かせただけで、意識改革が完了するわけではありません。作業者が示した小さな気づきや新たな言動を、右腕役や現場キーパーソンが見逃さず、具体的な行動へつなげることが必要です。
その行動をフォローし、結果を評価することで、次の挑戦が生まれます。
意識改革は、言葉だけでは実現できません。実務の中で行動を促し、その変化を受け止めながら育てるものなのです。
●他社事例を伝えて、社長の意志や意図に具体性を持たせる
社長が現場へ伝えるべきなのは、目標の数字だけではありません。なぜ、その目標を掲げるのか。何を変えたいのか。どのような仕事ぶりを期待しているのか。そこまで伝わって初めて、現場は自分たちが取るべき行動を考えられます。
ただ、社長の意志や意図は、抽象的な言葉だけでは伝わりにくいものです。
「チームで仕事をしてほしい」「生産性を高めてほしい」と繰り返しても、現場が思い描く仕事の姿は一人ひとり違います。
そこで、他社事例が力を発揮します。実際にあった取り組みと、その結果を伝えることで、社長が求めている仕事の姿に具体性を持たせられるのです。
具体事例を聞いた従業員の中から、「自分たちでも試してみたい」「このやり方なら変えられるかもしれない」という言葉が出てくることがあります。
その小さな変化を見逃してはいけません。右腕役と現場キーパーソンがその言葉を受け止め、実際に試す場をつくる。
行動をフォローし、その結果を評価する。ここまで続けて初めて、社長の言葉が現場の日常業務へ定着していきます。
最初から全員が動くとは限りません。チームで仕事をすることに慣れていない現場では、まず志のあるメンバーへ白羽の矢を立て、小さなチームから始めることです。
そこで成果が出れば、他社の具体事例は、自社の具体事例へ変わります。その事実が、次のメンバーを動かします。弊社のプロジェクトでは、プロジェクトメンバーに大手、中小での多様な事例を伝え、比べる糧を示しているのです。
社長が市場で将来の仕事をつくるには、社長の判断基準を現場へ定着させなければなりません。そのためには、目標を掲げ、方針を語るだけでは足りないのです。
現場が成功の姿を思い描ける具体事例を、社長は伝えているでしょうか。それとも、抽象的な言葉だけで、現場が動くことを期待していないでしょうか。
抽象的な方針だけでは現場は動かない。具体事例が現場に成功の姿と次の一歩を示すのだ。