「生産性ロードマップ戦略」—儲かる工場経営を目指して—第207話 目標値を現場へ浸透させる前提条件とは?
「経営計画はあるのですが、現場活動に生かせていません。」
50人規模素材メーカー経営者の言葉です。
直面している悩みを個別相談の場で伺いました。
その経営者は3年後、5年後の目標値を設定しています。会社全体と工場別に整理した目標値です。売上高や利益、生産性、人員数の現状と今後の目標が示されています。夢を数値で設計している一生懸命な経営者です。
経営計画とは数値です。そしてその達成方法と納期を示します。会社のトリセツでもあるからかです。現場へ数値や達成方法、納期を伝え、理解させます。
経営計画に沿って、現場が各自で現場活動に取り組んでくれればイイのですが・・。そうした雰囲気に欠けるというのです。
定期的に結果や成果を現場へ伝えていますか?とお聞きしたところ「はい、やっています。毎月、売上高や利益は全員を前にして説明して・・・・」とのこと。
定期的に経営者自ら現場へ語っています。熱意が伝わってくる経営者です。
しかし、経営者のメッセージが現場へ浸透せず、現場の一体感や自主的な活動につながっていないとの悩みも抱えています。
そこで質問を重ねました。
「そもそも現場の作業者は社長が語っている売上高や利益に興味を示していますか?」
「えっ?」という表情が浮かびました。
その経営者は想いを浸透させたいと考えています。冒頭の言葉です。
目標値を現場へ伝えて、現場に浸透させる2つの前提条件があります。
1)現場への伝達がコミュニケーションになっていること。
2)現場が当事者意識を抱いていること。
貴社ではこの2つが揃っていますか?
1)現場への伝達がコミュニケーションになっていること。
経営者の考えや想いを伝えるとき、50人規模の工場では全員を前に経営者が語ります。この規模では、経営者が一人ひとりに説明するわけにはいきません。
手間が掛かってしようがありません。全員を集めて語ります。
したがって、この語りが現場とのコミュニケーションになっている必要があります。従業員一人ひとりに経営者が語ることを「聞こう」という姿勢があるかどうかです。
語りの受け手がいなければコミュニケーションは成立しません。いくら語ってもスルーです。ドラッガーが興味深い例えをしています。
仏教の禅僧、イスラム教のスーフィ教徒、タルムードのラビなどの神秘家の公案に、「無人の山中で木が倒れたとき、音はするか」との問いがある。
今日われわれは、答えが「否」であることを知っている。音波は発生する。だが音を感じる者がいなければ、音はしない。音波は知覚されることによって音となる。
ここでいう音こそ、コミュニケーションである。この答えは真新しくない。神秘家たちも知っていた。「誰も聞かなければ、音はない」と答えていた。(出典:マネジメント基本と原則p157 P・F・ドラッガー)
語りが音波ではスルーです。語りを音にするのは受け手次第だということです。語りを耳にした従業員一人ひとりが何を考え、どう感じているのか?そもそも語っていることを理解できているのか?興味を持っているのか?
受け手の立場で語りのやり方や内容を設定します。伝わり易くなっているかどうか?です。語りを音波にしてはなりません。
・語りが伝わり易くなっているか、まずは受け手側のことを思い浮かべる。
2)現場が当事者意識を抱いていること。
聞く耳を持っていても自分に直接関係していないと感じる情報は頭に残りにくいものです。
「売上や生産性を高めて利益を出して欲しい」と現場へ伝えてもダメです。現場は動きようがありません。
売上高や利益の大切さは現場も分っています。ただ、自分事として感じにくいのです。現場は日々、作業に追われます。納期や品質を守るのに必死です。
経営者は鳥の目で「森」を俯瞰しています。作業者は蟻の目です。蟻は「森」を実感しにくく、理解できません。これはイイとか悪いとかということではなく、役割分担です。
現場は「森」を語られても実感がわきません。「木」のことなら気になります。現場には蟻の目で気になる「木」を見せることです。
蟻にとっては「木」は自分事になります。「木」に触れられれば当事者意識が生まれ易くなるわけです。
工場に長年、身を置いていて実感することがあります。現場の2重構造です。
・作業者視点、ヨコ連携、部分最適
・顧客視点、タテ連携、全体最適
2つの構造が絡み合って工場はできています。経営者や管理者は全体最適の視点、現場は部分最適の視点です。これが役割分担です。
ただ、ここで終わらせるとフツーの工場に留まります。
事業のステージを高めるには現場に全体最適の視点を持ってもらうことです。現場に「森」のことも知ってもらいます。
そこで、まずは「木」の説明です。「森」は「木」から構成されています。現場が気にしているのは「木」です。
「木」を通じて「森」を自分事に感じてもらいます。醸成したいのは当事者意識です。
付加価値額人時生産性は2つあります。会社全体と製品別です。会社全体の人時生産性向上のために、製品別の人時生産性を高めます。こういう構造です。
現場に「木」を見せるとは、製品別の人時生産性で成果を示すことに他なりません。現場が扱っているのは製品です。自分が手がけた製品は気になります。
「会社全体の人時生産性が10%アップして利益が2千万円になった。」
「製品Aの人時生産性が30%アップして利益を2百万円積み上げるのに貢献した。」
製品Aに係わる現場がどちらの情報を自分事として感じるかは明らかです。
「会社全体の人時生産性を10%アップして利益を2千万円にしよう。」
「製品Aの人時生産性が30%アップして利益を2百万円積み上げよう。」
後者の語りが伝わり易いです。
「木」が集まって「森」ができます。「木」を見せれば、その成果として「森」がどうなるかも、そのうち自然と気になるものです。
・当事者意識を感じさせる数値目標で現場をその気にさせる。
先の企業では会社全体、工場別の目標値を工程別に分解することにしました。製品別が難しければ工程別でも構いません。中日程計画が機能している現場ならできます。中日程計画で把握するのは2つの工数だからです。
工程別の人時生産性を高めるのが現場の使命となります。この数値を気にさせることです。経営計画で、まずは「木」を見せます。現場活動の羅針盤です。
弊社は挑戦する経営者の力一杯ご支援しています。
次は貴社の番です!
成長する現場は、「木」と「森」の構造を把握して人時生産性を高めようと頑張る。
停滞する現場は、「木」を知る機会がないので相変わらず自分のやり方で仕事する。