「生産性ロードマップ戦略」—儲かる工場経営を目指して—第289話 インフレの時代に備える値決め策とは?

「高い値段が付けられる商品を開発します。」

 

50人規模自動車部品メーカー経営者の言葉です。この企業ではOEMとアフター市場の商品を扱っています。

 

3度の食事より「クルマ」が好きなファンはいるものです。カッコイイ車には惹かれます。部品にもこだわる愛好家です。

先の企業ではコロナ禍に関係なく一定規模の売上高を維持できています。嗜好性のある商品を扱っているお陰です。

 

ただ、財務上の課題があります。固定負債の圧縮です。いわゆる緊急度は低いけれど重要度が高い課題。将来へ向けた取り組みです。

人時生産性を高めなければなりません。そもそも年商規模を成長させる必要があります。

新たな付加価値額を積み上げる具体策を検討したとき、先の経営者がいくつかの考えを語ってくれました。そのひとつが冒頭の言葉です。

 

 

 

「値決めは経営である。」

稲盛和夫氏の言葉です。稲盛氏は氏の著書の中で次のように語っています。

「商売というのは、値段を安くすれば誰でも売れる。それでは経営はできない。お客様が納得し、喜んで買ってくれる最大限の値段。それよりも低かったらいくらでも注文は取れるが、それ以上高ければ注文が逃げるという、このギリギリの一点で注文を取るようにしなければならない。」

 

売上高=価格×販売数量

・価格を高くできれば付加価値額を積み上げやすいので販売数量は少なめでもイイ。

・価格を低くせざるを得ないと付加価値額は積み上げにくいので販売数量を多くする。

 

値決めで経営が大きく変わります。商売のやり方を決めるのが値決めです。お客様にとってのギリギリと我が社にとってのギリギリを擦り合わせます。

この「ギリギリの一点」を決めるのが値決めです。「ギリギリの一点」の水準は事業モデルや業種業態によって変わります。

 

貴社の「ギリギリの一点」を高く設定してもお客様に選んでもらえますか?

 

先の企業ではそうした事業モデルを持っています。選んでもらえるお客様との出会いが貴社の命運を決めるわけです。値決めとはお客様を選ぶ基準決めでもあります。成長と発展で欠かせない視点です。

 

中小製造業では下請け型モデルが多いです。だから我々は低価格に甘んじているのだとうそぶく経営者が少なからずいらっしゃいますが、それではお客様を選ぶ努力を放棄することになります。

 

事業モデルの如何に関わらず、私たちは、今、「少しでも高く売ること」を真剣に考えなければならない状況にあるのです。

お客様に選んでもらうとともに、お客様を選ぶこともやらないとダメです。成長発展とは事業ステージを高めることだからです。

繰り返し申し上げていますが、下請け型のモデルが悪いのではありません。儲からない下請けモデルが悪いのです。

 

 

 

戦略とは読んで字のごとく“戦いを略する”です。勝ちたかったら戦ってはいけません。競争戦略は価格戦略差別化戦略から構成されています。私たち中小製造企業がどちらを選択するかは明白です。

 

価格戦略は大手の手法です。規模の経済で徹底的にコストを削減します。物量で競合を凌駕するのです。価格競争に勝ち抜き、低価格攻勢で競合先をつぶします。

私達中小が同じことをやってはいけません。体力勝負の価格競争無限ループに陥ります。価格競争は回避です。

 

私たちは「ギリギリの一点」を見極め、「少しでも高く売ること」を考えなければなりません。儲かるフィールを探して少しでも楽に稼ぎたいのです。

お客様に選ばれる高付加価値製品やサービスが貴社の命運を決めます。高く売って、プレミアムを取りたいのです。

削減の時代から積み上げの時代へ。時代の流れを読み、少しでも高く売りたいのです。詰めて、空けて、付加価値額を積み上げます。

 

 

 

日本電産の会長、永守重信氏の戦略は明快です。

徹底的な価格戦略です。

 

日本電産は10兆円企業を目指しています。20年度の売上高は1兆6千億円余りなので、20年度対比で6倍以上です。どのように実現しようとしているのか?

永守氏は低コストを武器に、車載用大型モーター市場での占有率拡大を図ろうと目論んでいます。飛びぬけたコスト削減で物量を獲得しようとしているのです。

 

開発目標としてモーターの高効率や小型化を競争軸にするメーカーが多い中、永守氏は「結局、コスト」と考えています。

「性能で勝っていると言っているメーカーは必ず負ける」とは永守氏の言葉です。

 

家電、商業、産業用モーター、車載モーター、精密小型モーターの業界で生き残る要点は「低コスト」。永守氏は「ギリギリの一点」を少しでも下げるよう徹底させています。

値決め方針が明快です。明確な方針は徹底されます。

(出典:次世代自動車2021 10年で逆転する業界力学 日経BP)

 

 

 

私たち中小の方針はもうひとつの競争戦略の方です。差別化戦略。そうして少しでも高く売ることを考えます。高く売る商品、製品、サービスのコンセプトは製販一体で共有しなければなりません。

高く売るときに欠かせないのがお客様視点です。企業の目的はお客様の創造にあるからです。3つの思考軸で考えます。

1)そもそもお客様は誰なのか?

2)そのお客様はどんな時にどんなメリットを受けるのか?

3)それは競合よりも優れているのか?

 

お客様には2種類あることに留意しなければなりません。「購買の意思決定者」と「最終使用者(消費者)」。塾を例にあげると、最終使用者は生徒である小学生や中学生ですが、購買の意思決定者は生徒の親です。貴社はどちらへ訴求しますか?

 

また、貴社が製造した部品のメリットが発揮されるのは、最終製品になってからばかりではありません。お客様は現場での組付け容易性でメリットを享受しているかもしれません。

あるいは搬出入がやり易い荷姿に感謝しているかもしれません。お客様の購買や受け入れ部門の関係者が感じていることもメリットです。

 

このあたりはお客様に教えてもらうしかありません。下請け型モデルであろうとなかろうとお客様視点が欠かせないのは同じです。

 

貴社の強みを1つ頭に浮かべて下さい。

「これはウチの強みだ。」と考えた理由は何ですか?具体的に競合と比べましたか?勝手な思い込みになっていませんか?

リバースエンジニアリングの重要性は言うまでもありません。自動車部品工場勤務時代、競合を徹底的に調べ、技術開発のベンチマークとしていました。

 

私たちは「ギリギリの1点」を少しでも高めたいのです。高めてもお客様に選ばれるようになりたいのです。お客様視点を踏まえ手順を踏んで高く売ります。

 

 

 

製造業の収益構造は固定費VS付加価値額です。私たちは売上から付加価値額を得ます。最終的に積み上げたいのは付加価値額です。

そのために値決めをするのだぁ、と言う観点を持ちます。

値引きは値決めの具体手段のひとつです。値引きは、それ自体が悪いわけではありません。値下げで、目論んだ付加価値額が積み上がらなくなるのが悪いのです。

 

貴社の従業員へ次のように質問して下さい。

「売上高が10%減ったら利益も10%減る。これは〇か?×か?」

どんな答えが返ってきますか?もし誤った考え方をしていたら、簡単な計算をしながら考え方を伝えて下さい。

 

経営者の右腕役を担う、経営幹部や工場長、現場のキーパーソンは知らなければならないことです。そうしないと、安直な値下げがはびこってしまいます。高く売る意義を理解できず、人時生産性を向上させる狙いも分かりません。

値引きの弊害を理解できてこそ、経営者が考える高く売る意義を伝えられるのです。高く売ることを真剣に考えなければ生き残れない時代が来ました。

 

価格戦略と差別化戦略を足して2で割ったようなやり方をする企業は失敗します。成功している企業を思い浮かべてください。

徹底的に安いか、独自の高級路線を歩んでいます。どちらかです。低コストで勝負するのか高付加価値で勝負するのか?戦略とはどちらか一方を選択することです。

どっちつかずは行き詰ります。方針は明確でなければなりません。明確な方針は徹底されます。シンプル イズ ベスト。貴社はどちらを選択していますか?

 

 

 

まさに今、経済状況がグローバルに大きく変わろうとしています。世界的なインフレの時代に突入しそうです。

デフレの時代は値引きできる企業が生き残りました。インフレの時代では値上げできる企業が生き残ります。

原材料や各種資材の費用が上昇するのです。少なくともその分を価格に転嫁できなければ、持ち出しになります。

 

デフレ時代は原材料や各種資材の費用はそこそこの水準で安定していました。値引きをしてもダメージは少なかったです。しかし、インフレでは状況が変わります。

付加価値額を積み上げる対応策が必要です。高く売ることを真剣に考えます。危機感に敏感は経営者は皆さん動き始めています。

時間がありません。

 

 

 

先の企業では、OEM、アフター市場、それぞれで高く売る戦略を考えました。それに加え、現場のキーパーソンが抱いている利益への誤解を解く計画です。

製品、一つひとつに「利益」がぶら下がっているわけではないのです。「現場がこのあたりを理解していないので話がかみ合わなかったようです。」とは先の経営者の言葉。

共通用語は大事です。教えないと現場は正しい考え方を習得できません。貴社では付加価値額の正しい考え方を教えていますか?高く売るためです。

次は貴社が挑戦する番です!

 

成長する現場は、インフレ時代に備え高価格でもお客様に選ばれるよう知恵を絞り考える。

停滞する現場は、従来のデフレ時代でやっていた値下げ対応しかできず徐々に苦しくなる。