「生産性ロードマップ戦略」—儲かる工場経営を目指して—第387話 経営者のストレスを払拭するには?
「従業員にきちんと説明できるようになりたいです。」
先代から事業を引き継いだばかりの装飾品メーカー経営者の言葉です。
今月からPJが始まりました。30人ほどの少数精鋭現場の生産性向上に取り組みます。その一方で現場活動の目的や背景、やり方をしっかり説明できるようになりたいと考えている経営者です。
ここ数年、収益は安定しています。先代が構築してくれた事業モデルのお陰です。選ばれる商品群と信頼関係を構築した主要お客様。この先、数年間は、盤石の工場経営になりそうです。ありがたいことです。
ただ、先経営者には心配事があります。
今はイイけれども、一旦行き詰ったら、何をどう指示すればいいのだろうか?
先代の時代から経営計画は使っていません。これまでは、それでも全く問題はなかったのです。実績が証明しています。しかし、今後は、上手くいかなくなった時の具体行動を決めておくことが肝要です。
上手くいかなくなる兆しを捕まえて、先手を打ちたいと考えています。経営者なら、誰でもバタバタしたくありません。先の経営者に必要なのは将来構想です。
将来のことを説明したのが経営計画、ロードマップです。これを手にできれば従業員に経営者の願望や想いをいろいろ伝えられます。冒頭の言葉です。
ロードマップを手にするときちんと説明できるようになるのには理由があります。
「見通しがあってこそストレスに耐えられる」
これは社会科学的な事実です。経営学者で東京大学名誉教授である高橋伸夫氏が著作のなかで調査結果を解説しています。従業員の職務満足はどこからくるのか?どうして人は会社に居続けるのだろうか?これらを調査していく過程で分かったことです。
企業のホワイトカラー4,591人を対象に調査しました。調査は1996年です。高橋氏は次のように考えました。
企業において従業員が「見通し」という用語を用いる際には、未来における自分と会社ともかかわり方とその程度に対する一種の重みづけが行われている。
そこで高橋氏は次の5つの質問項目を準備しました。
1.21世紀の自分の会社のあるべき姿を認識している。
2.日々の仕事を消化するだけになっている。
3.上司から仕事上の目標をはっきり示されている。
4.長期的展望に立った仕事というより、短絡的な数字合わせになりがちである。
5.この会社にいて、自分の10年後の未来の姿にある程度期待が持てる
これらの質問事項に対する答えは「Yes」または「No」を選択する形で行われています。
さらに追加で、つぎの2つの質問を用意しました。
Q1.現在の職務に満足感を感じる。
Q2.チャンスがあれば転職または独立したいと思う。
上記5つの質問から回答者一人ひとりの見通し指数を評価しました。また、追加の質問で従業員の満足比率および退出願望比率を評価しました。そして、両者の相関を整理する以下の結果になったのです。
見通し指数が高くなればなるほど満足度比率が上がる。
見通し指数が高くなればなるほど退出願望比率が下がる。
きれいな、ほぼ完全な線形の関係がありました。
(出典:組織文化の経済学 高橋伸夫編著)
「見通しがあってこそストレスに耐えられる」
興味深い結果です。ビジネスをやっている以上、ストレスを皆無にできません。技術の進化を活かし、できないことをできるようにするのが製造業の本質です。お客様に選ばれるために、「できないこと」に立ち向かいます。ストレスフリーはあり得ません。
そこで、できないことをできるようにするため、個力でなく、チーム力を活かします。製販一体のベクトル揃っている感覚が、できない事へのストレスを挑戦心に昇華してくれるのです。ストレスに耐えられるとはこの状況を語っているとも言えます。
貴社に所属していることへの満足度が高く、退職する意志が低い従業員を思い浮かべてください。悪いストレスを感じること無く、前向きのストレスを心地よく感じながら、力一杯仕事に没頭できています。
おそらく、右腕役にしたくなる言動を示す従業員です。見通しは右腕役を見極め、右腕役の後押しする役割を担ってくれるのです。見通しは志ある従業員を動かしてくれます。
見通しは従業員だけでなく、経営者のためでもあります。経営課題上のストレスを常に感じるのが経営者です。従業員に道標を示さなければならない経営者は日々、決定と決断に迫られます。そして、その結果には経営者だけが責任を負うのです。
たいへんな仕事であるのは間違いありません。
ストレスに耐えるために、経営者にこそ見通しが必要です。モヤモヤ間の解消です。
我が社の見通しをまとめたものが経営計画書、ロードマップです。
経営者の視点は将来に向いています。その経営者が工場経営に不安を感じる場合、その原因の大部分は、見通しを立てていないことにあるのです。ロードマップがなければ、真っ暗闇の洞窟へ手ぶらで突っ込んでいくのと同じです。
将来が見えていないので、この先どうなるか、蓋を開けるまで分かりません。目隠してマラソンをしている状況です。
次の1歩で落とし穴に落ちる状況にあっても、見えていなければ穴に落ちます。見通しを立てて、将来が分るようにすれば、不安を除去できるのです。
先の経営者は「従業員にきちんと説明できるようになりたい」と考えています。なぜ、今、説明できないのか?説明することがハッキリしていないからです。
具体的には会社の将来についてです。我が社の将来構想。見通しを立てていないので、将来のために今、何をしなければならないのか分かりません。説明のしようがないのです。
一定水準の受注ができている今はイイです。しかし、それらがパタリとこなくなったらどうするのか?そうならない前に、先手を打って、我が社を、あるところに導かなければ、座して死を待つことになる。先の経営者はそのことを知っています。
ただ、ここから先が進みません。
必要なのは、会社の将来を考え、あるところへ導くことです。会社の見通しを示して、その実践です。経営計画、ロードマップはそのための道具となります。
経営計画、ロードマップで見通しを示し、将来のために、今、何をやらなければならないのかを言語化、数値化します。従業員は、足元の納期遵守の仕事に加えて、将来のために、今、やらなければならない仕事もあると理解するのです。
そのために経営者は将来を見通す必要があります。将来を見通す手がかりは2つです。「外」と「数値」です。
我が社の将来は全て外部環境の変化で決まります。
今の主要なお客様が5年後、10年後の主要なお客様にあるとは限りません。競合先がイノベーションを通じて我が社以上のポジションを築いてくるかもしれません。こうした変化の手がかりは全て外にあります。経営者の仕事場は外にあるとお伝えしている所以です。
また、将来を見通すのに必要なのが変化を数値で捉えることです。
見通しを立てるとき、闇雲に、勝手に、サイコロを振ってやるものではありません。客観的な判断材料が必要です。数値の変化を追いかけます。
経営計画、ロードマップでは、現状把握を数値でやりますが、目的は客観的に将来を見通すためです。ロードマップの土台部分です。過去実績から傾向を把握して、将来を見通す手がかりにします。
過去の数値は死亡診断書です。これらを分析して過去に起きた問題の原因を探っても時間の無駄です。そんなことをしなくても、経営者は自分の会社で収益が悪化した原因は分っています。肌感覚でわかっていることに、わざわざ手間暇かけて「分析」するのはモッタイです。
過去実績を使うのは、現在の立ち位置を理解した上で、将来を見通すためです。
・現在の立ち位置を知る
・数値の変化から将来を見通す
数値の変化を追いかけるのが移動累計です。売上高、付加価値額、工数、人時生産性の縦串と全社、お客様別、商品別の横串で、我が社の数値体系を見える化します。
ロードマップの土台はこうした数値体系です。経営者は、その土台の上に立って、外部環境の変化を手掛かりに、将来を見通します。そして、ここに経営者の願望を盛り込むのです。
経営者の願望とは成長に他なりません。今できることを、ただ継続しているだけでは、変われません。製造業における現状維持は相対的な後退です。
今できないことをできるようにして初めて成長できます。
将来できるようにするためには、今からやらないといけないことがあるはずです。事業づくりと人づくり。
客観的なデータに基づいて将来を見通し、その見通しから、成長課題を設定します。
将来できるようになるために、今、何をやるのかを示したのがロードマップです。先の経営者もロードマップを使って従業員にきちんと説明できるようにしたいと考えています。
過去実績と外部環境の変化から見通した我が社の将来構想には経営者の想いが込められるのです。目指すは富士山の頂上、エベレストの頂上、その困難度はいろいろあります。
困難度に関わらず、ロードマップがあれば、将来が見通せて、今やることを指示できるのです。経営者か感じるストレスの質が変わります。
先が見通せるなら、マラソンも頑張れます。目隠しして走るマラソンだけはやりたくありません。
次は貴社の番です!
成長する現場は、過去実績を現在の立ち位置を理解すること、将来を見通すことに使う
衰退する現場は、過去実績を悪化原因分析に使うだけなので新しい数値はでてこない