「生産性ロードマップ戦略」—儲かる工場経営を目指して—第486話 我が社の事業を安定させる柱を見極めたか?
「先生、主要顧客以外を伸ばすのは簡単ではないですね」
プロジェクトをスタートさせて数か月経過した経営者の言葉です。
この経営者は産業機械業界の部品を製造する事業を展開しています。40人規模部品メーカーです。弊社セミナーを通じて事業を豊かに成長発展させる決意を固め、年商30%積み上げ計画を立てました。
挑戦する経営者の行動は早いです。早速、外(市場)と内(工場)の両方で取り組みを開始しました。付加価値額や売上の源泉は外にしかありません。
改めて、市場と向き合う仕事に時間を割かなければならない、と悟った経営者です。
市場との関わり方を可視化し、方針を策定しました。
今の主要なお客様だけに依存した体質を徐々に変えます。まずは、今の主要なお客様以外との取引を拡大させることに挑戦です。その方針に沿って行動開始です。
そして、経営者は行動して感じたことを語ってくれました。
冒頭の言葉です。
●付加価値額構成に我が社の収益構造の特徴が現れる
製造業の収益構造は、先に固定費という将来投資を設定し、その分を付加価値額で12カ月かけて回収し、回収が終わってから利益を積み上げる形で成り立っています。
言い換えれば「時間でお金を回収する」モデルです。
ゆえに、経営の核心はタイムマネジメントにあります。
12カ月という“年度の砂時計”をひっくり返し、どうやって時間を使い切るか。そのなかで、毎月の売上・付加価値額の積み上げ進捗を気にするのです。
固定費を回収できる付加価値額の確保と、その物量を滞りなくさばく現場力が噛み合ったとき、初めて収益エンジンは静かに、しかし力強く回り始めます。
ここで重要なのが「役割分担」と「内訳」です。
経営者の役割は、固定費回収に必要な付加価値額を市場で「確保」すること。現場の役割は、確保された受注の物量を12カ月で「こなす」こと。この二つの歯車がずれると、回収は遅れ、時間のロスが直接的に利益のロスになります。
したがって、人時生産性向上プロジェクトの本質は、12カ月間を通じて「経営者=確保」と「現場=こなす」を持続可能な仕組みとして連結することにあります。
さらに見落としてはならないのが「付加価値額の内訳」です。
お客様別・商品別・チャネル別に、固定費回収への貢献度を見える化します。これは企業の収益構造構造を表すのです。
主要顧客・主要商品は、固定費回収を牽引する「駆動力」であり、構成比が過度に高い顧客や商品は「偏った駆動力」です。
逆に、利益率の高い商品が複数存在し、一定の売上ウエイトで並ぶ構図は「バランスの良い構造」と言えます。どこを強化するべきかは数字が教えてくれます。
たとえば、売上は大きいが利益率が低い商品群に依存している場合、付加価値額は想定より伸びません。反対に、数量は多くないが人時生産性の高い仕事を積み増すことで、固定費回収の速度が上がります。
12カ月の回収曲線を描き、月次の付加価値積み上げを「地図化」すれば、どこで詰まり、どこに余白があるかが明確になります。
市場は将来投資を回収する駆動力が眠る場所です。内訳を地図に重ねれば、攻めどころ(誰に・何を・どれだけ)が具体化します。
内訳の分析は同時にリスクの姿も照らし出します。「偏った駆動力」では安心できません。主要なお客様の投資計画、業界サイクル、価格改定の影響、供給制約……。
固定費回収の主役が一社・一品に偏っていないか。偏っているなら、年間のどの月で代替を用意すべきか。時間で分散するのか、お客様で分散するのか、商品で分散するのか。
いずれも付加価値額の内訳表から逆算できます。
最後にもう一度、原則を確認します。
経営者は固定費回収に必要な付加価値額を外(市場)で確保する。現場は、その物量を滞留なくこなす段取りを内(工場)で整える。
この二重構造が機能するとき、12カ月という期間で、固定費を回収し、さらには利益を積み上げる視界が開けます。
付加価値額の内訳を読み解き、時間にひも付けてマネジメントする——これが「我が社の収益構造」を強くスマートにする第一歩です。
●柱を複数もたなければ安心できない
付加価値額の内訳を眺めると、誰もが最初に直面するのは依存の問題です。「偏った駆動力」では安心できません。
特定のお客様や特定の商品に売上と付加価値額が集中していないか。もし一社の取引先が50%を占めているなら、それは太い一本柱で屋根を支えている状態です。
快晴なら問題ありませんが、突風が吹けば一気にぐらつきます。経営とは、晴天だけでなく荒天も想定する営み。だからこそ、複数の柱を持たなければ安心できないのです。
一本足の事業は効率的ですが、経営者は枕を高くして眠れません。
中小製造業は、限られた人員・設備・資金という制約下で戦っています。総花的に手を広げることはできません。
ゆえに、成長しているお客様と一体化して伸びる戦略は合理的です。しかし「過度な集中」は別の脆弱性を生みます。
創業期から支え続けてくれた主要なお客様が、現在も売上の中核であるケースは少なくありません。それ自体は価値ある歴史であり、これまでの成長の推進力でした。
けれど、外部環境が変化する今、同じ一本柱に依存し続けることは、将来の収益変動を自ら増幅させる、リスクを高める懸念も生じます。
では、複数柱化の判断軸は何か。
第一に、主要なお客様が属する市場のトレンドです。中長期で右肩上がりが見込めるのか。
第二に、その顧客の市場内での存在感。投資余力、技術優位、販売網などの総合力が維持・強化されているのか。
この二つが堅調であれば、共に伸びる選択は理にかないます。逆に、市場が縮小しつつある、もしくは顧客の競争力が低下しているなら、一本柱の危ういです。
安定性という観点では、1社・1商品で50%よりも、20〜30%の柱を3本持つ方がはるかに安定感が増します。これは投資におけるポートフォリオの考え方と同じです。
リスクは消せませんが、分散で「耐力」を獲得できます。
重要なのは、柱を追加する順番と時間軸です。闇雲に広げても、人的リソースが分散し人時生産性が低下しては本末転倒となります。
今ある主要なお客様・主要な商品を維持しつつ、次の固定費回収の駆動力を無理なく獲得する設計が必要です。
複数柱化は、出会いを引き込む経営でもあります。
まだ見ぬ将来の主要なお客様・主要な商品と出会うには、経営者自らが市場に出て、対話し、仮説を試し、時間を味方につける以外に近道はありません
。一本柱から三本柱へ——これは単なる数合わせではなく、企業の体質改善です。帆船でいえば、風向きが変わっても走り続けられるよう複数の帆を張る行為と言えます。
一本が裂けても、他の帆で推進力を確保できる。そうした、しなやかな強さこそが、変化の時代を渡る中小製造業の命脈を保つに欠かせません。
最後に確認したいのは、複数柱化は安心のための防御であると同時に成長のための攻めでもある点です。
柱が増えるほど、固定費回収の速度と効率、安定性は高まり、12カ月の回収曲線はなだらかでも、再現性のある形になります。依存の崖に怯える経営から、選択肢を持つ経営へ。
複数の柱を持つ構造が、変動に強い収益構造を育てます。
●我が社の柱を見極める
複数の柱を立てると決めたら、次に問うべきは下記です。
・どんな柱を、どこに、どの順で立てるか
闇雲な新規開拓や商品開発は、時間と人の希少資源を浪費します。柱は我が社らしさ、強みの延長に据えるほど根付きやすいものです。
そして、判断軸は二つ——〈お客様〉と〈商品・製品・サービス〉です。この二軸で、現有の資産と市場機会を照合し、育てる柱を見極めます。アンゾフの成長マトリックスです。
第一に〈お客様〉の観点。
既存顧客の中で、まだ浸透しきっていない部門や用途はないか。主要顧客の別部門、別工場、別拠点に横展開できる可能性はないか。供給の安定性、品質の一貫性、技術相談の速さなど“選ばれる理由”を磨くことで、同じ顧客の中でも柱は増やせます。
第二に〈商品・製品・サービス〉の観点。
利益率が高く、人時生産性の良いメニューはどれか。標準化・簡素化で提供時間を短縮できるものはどれか。販売チャネルも見直したいのです。
特定の商社経由だけでなく、直販・オンライン・パートナー販売など、顧客に届く経路を複線化できないか。
また、「本当のお客様はどこにいるか」を問い直すことも柱の発見につながります。
中小製造企業の強みは小回りと機動性です。大手が見過ごす狭い隙間に、細くても強い柱を素早く立てられます。つまり、柱は我が社の強み、あるいは強みの源泉です。
ただ、留意しなければならないこともあります。機動力を失うほどの多角化は禁物です。
一本倒れても他が支える「しなやかな多柱構造」を、12カ月の回収計画に溶け込ませます。時間と資源の配分を誤らないよう、柱づくりの構造設計することが重要です。
柱の見極めは、将来を選び取る経営者の意志や意図の表示です。
どこに時間を投じ、何を積み上げるか。迷いがあるなら、一度立ち止まり、付加価値額の内訳表と向き合っいます。数字は嘘をつきません。
ただし、お客様に選ばれるための最適解はお客様しか知りません。ここが難しいところです。将来の主要なお客様・主要な商品と出会うのは簡単ではないのです。
冒頭の経営者も、今、それを実感しています。
しかし、それでも、経営者は、将来の主要なお客様・主要な商品との出会いを引き込まなければなりません。新たなご縁を引き込む力も求められます。
まずは、経営者はご自身の現場と市場をじっくり眺め、動くのです。そうすれば柱や柱と出会うきっかけが見えてきます。
今度は貴社が挑戦する番です!
成長する現場は、我が社の強みである複数の柱を理解し、受注した案件をどんどんこなす
衰退する現場は、特定のお客様、商品しか扱ってこなかったので、変化への対応が弱い