「生産性ロードマップ戦略」—儲かる工場経営を目指して—第118話 やってもムダなことはひとつもない

現場はやってもムダだと言っていませんか?

 

「作業改善を現場へ求めても、なかなか進みません。」

ある中規模製造企業、経営幹部の言葉です。

 

その幹部が改善の余地があると思われる作業を作業者へ指摘したときのことです。その作業者から次のような言葉が返ってきました。

「今まで、このやり方でやっていて問題がなかったからこれで大丈夫です。」

 

その企業の経営者層は業務拡大へ向けて仕事のやり方を変える必要があると考えています。そこで、その幹部は現場へ働き掛け、自主的な改善活動(そもそも改善活動は自主的でなければなりませんが)に取り組むよう導きたいと考えたのです。

 

指示があれば、ある程度、行動するのですが、まだまだ自発性に欠けています。さらには、仕事のやり方を変えようとしない作業者(特にベテランと言われる方々がそうらしいのですが)も少なからずいるとのこと。

 

そこで、改善意識を高めてもらいたいとの思いで、幹部自身が現場へ足を運んでは、気が付いたことを作業者へ指摘しています。経営者の右腕の方だけあって、想いを持って行動されているのですが、現場の反応がいまひとつ・・・・というご相談でもありました。

 

お話をお伺いして何か大きなものが抜けていると感じたので、そのことをお伝えしました。目的や背景、経営者の想いです。

 

”〇〇だから”改善活動で取り組みを加速させたいのだという、”〇〇”の部分に当てはまる経営者の叫びのような熱い想いです。現場はその経営幹部が熱を入れて改善活動を促している背景や目的を理解しているかどうか、そのことを現場へ理解させる工夫をしたかどうか。

 

経営者、経営幹部の頭の中の見える化が抜けていませんかとその経営幹部へ尋ねました。見える化で経営者の想いを伝えるとともに、相対的な立ち位置を示してあげなければ、現場は改善活動に取り組む必然性を感じません。

 

現場は納期へ焦点を当てて日々の仕事に没頭しています。納期遵守は商売をするうえで絶対条件ではありますが、モノづくりが高度化、複雑化した現在、それだけでは将来へむけての成長路線を描けないと感じる経営者も多いことでしょう。

 

ただし、これはモノづくり現場における役割分担上、当然のことであり、納期順守のみの現場の意識を変えたいのなら、あることを理解させる必要があります。それ抜きに、現場を相手に”作業改善”の議論をしても、作業者の言い分に対して、説得力のある言葉を返すことは難しいです。

 

 

 

 

 

改善活動は”変える”ことです。過去のやり方を否定するところからはじまります。こうした活動を”組織”として取り組むと、変えることを通じて得られる”成果”の方へ焦点を当てやすくなり、そうした現場では、改善、改善、また改善という「正のスパイラル」が働くものです。

 

ですから、改善活動が定着し、”変える”ことが普通の現場では、”変える”こと自体、全く問題にはなりません。逆に1年間も同じ仕事のやり方を続けている方が不安になるはずです。

 

改善活動が定着している現場の積極性は、現場の”感度”も高めます。つまり”外”のこと、具体的には、競合、市場、顧客、技術動向、自分たちを客観視できる情報に触れるからです。比べる対象がなければ、そもそも改善活動はできません。

 

現場のエンジニアだったころ、今から30年も前のことですが、当時、目をかけてもらった部門長には「担当職場の技術が3年変わらなかったら、それはエンジニアの怠慢だ。」と常に発破をかけられました。

競合、市場、顧客、技術動向、こうした情報に日頃触れていれば、立ち止まることが何を意味するのは、言われなくても皮膚感覚でわかってくるのではないでしょうか?

当時は、「3年変わらなかったら・・・・」でしたが、今なら、さしずめ「1年変わらなかったら・・・・」かもしれません。

 

経営者、経営幹部が持つ目線の先にあるのは5年後、10年後です。新規顧客獲得、付加価値額アップ、事業承継、人材育成・・・、経営者や経営幹部が事業成長戦略を進めるうえでやらなければならないことは時間がかかります。経営者、経営幹部が持つ時間軸の目盛りは半年、1年単位、現場のそれは時間単位です。

 

さらに、正しい方向へ進むには”外”を正確に把握していなければなりません。いわゆる”我流”にならないように、視野を広くもち、自社を客観視することが欠かせないのです。

 

経営者や経営幹部の持つ時間軸、視野の広さは現場と根本的に異なっています。現場へ働き掛けるとき、経営者や経営幹部はそのことに配慮しなければなりません。ですから、先の経営幹部のように、経営者層と現場との間に、考え方、意識、目線に乖離があるのは当然のことなのです。

 

なぜ、改善活動に取り組まなければならないのか?取り組む必然性、活動の意味付けをする必要があります。5年先、10年先の見通し、経営者の想い、現場には豊かに成長してほしいという願い、こうしたことを言語化、数値化して現場へ知らせることが現場改革の初手です。

 

ゴミ箱の位置を変更したのも、単に現場の仕事のやり易さを高めるためだけではなく、仕事のやり易さを高めて、経営者の設定した目標に近づくことが狙いだ、としたいのです。

 

 

 

 

 

現場の生産性を高め、リードタイムを短縮するために現場のムダを探すことから着手しましょう、と声をかけたとき、現場から2通りの言葉が返ってきます。

1.是非、やりましょう。

2.やってもムダです。

ほとんどの現場では1の反応ですが、2の反応も少なからずあります。

 

経営者の右腕役を担っているリーダーの言葉として、後者を耳にすることはほとんどないですが、各工程のキーパーソン役の現場担当者から、そうした言葉が出てくることがあります。現場のムダを探して、そのムダを除去するところから改善活動を始めましょうというのに、そのムダ探し自体が”ムダ”だというのですから、シャレのようなおかしな話です。

 

ただし、当の本人は、そう考えています。なぜ、こうした言葉が返ってくるのでしょうか?原因は3つあると感じています。

1)現場にはムダがなく、やり方を変える必要性は低いと思い込んでいるから。

2)改善活動の必要性は理解しているが、過去を振り返ると、取り組みをしても成果につながらない経験をしているから。

3)そもそも改善活動をやる”意思”がないから。

 

リーダーをはじめ、現場作業者は、誰でも、いい職場で働きたい、仕事のやりがいを感じながら毎日、汗をかきたいと考えています。製造現場はそうであると伊藤は確信しています。

 

ですから、3)は論外となりますが、そもそも、そうした人はまずいません。万が一にもこうした人が現場にいるとしたら、経営者層は、そうした人物から現場に拡散される”負”の波及効果を考えなければならず、厳しい経営判断を下す必要があるかもしれません。

現実には、1)か2)です。

 

2)の従業員がいるのなら、これは不幸なことであり、現場を変える活動をスタートさせる意思表示を早くして、リーダーシップを発揮する人物になってもらいます。そうした想いを抱いている人物は、現場の先行きを心配していますから、改善活動を始めるにあたって、経営者層の覚悟や本気度を伝え、心に火をつけることがポイントです。経営者層はすぐに動く必要があります。

 

将来が見えすぎても、見えなさ過ぎても、従業員は現場に希望を持てずに、その職場を去る選択をしますから、2)の従業員がいる懸念があるなら、現場の将来を見切ってしまう従業員が出ないようにしなければなりません。

 

そして、意外と1)が多いと感じています。外のことを知る機会がもなく、日々、納期に追われた仕事のやり方に始終しているので、納期遵守ができていればそれで十分という思考回路が頭に定着しています。

 

ですから、現場の仲間うちの仕事のやりとりで納期に対応できているのだから問題ないと考えるのです。そうしたリーダーや作業者は、仕事のやり方が属人的であるにも関わらず、その状況に違和感を感じることがなく、ずっとその現場で過ごしてきました。

 

しかし、経営者は、現状のままでは、相対的に後れをとると感じています。加えて、仕事を仕組み化せず、力づくで回していても、組織に蓄積されるノウハウは少ないことにも危機感を覚えます。

 

だから、変わりゆく外部環境(競合、市場、顧客、技術動向)を現場へ伝え、外のことを理解させる努力をするべきなのです。

 

さらに、1)とセットで返ってくる言葉として、「改善活動に取り組む時間がない。」がありませんか?

 

これは、納期遵守の仕事のやり方を続けていれば、仕事は継続して顧客から届くし、自分の職場もなくなることはないと思い込んでいる場合です。そうであるなら、知らせないと行動に移行しません。

 

競合、市場、顧客、技術動向、自分たちを客観視できる情報を知らせて、経営者層が、現場へ、これからどうするべきかを伝える必要があります。比べる対象を現場へ示して、現場が自ら考えるよう促すのです。

 

今の仕事のやり方を続けているとどうなるのか、自職場の存続を保証してくれるものが無いことに気が付けば、当事者意識も芽生えます。今は、過去自実績のおかげで、たまたま、顧客は自分の会社(製品)を選んでくれているが、これからもそうであるとは限りません。

 

そこで、現場に行動を促すのです。生産活動からムダを除去して時間を生み出し、仲間と連携して問題を抽出、知恵を絞る、という行動につなげるよう導きます。

 

 

 

 

 

経営者の頭の見える化をして、想いを言語化、数値化し現場へ浸透させます。特に数値化は現場活動に欠かせません。

 

数値は、外を知り、自分たちを客観視して、現在の立ち位置を示すことにつながるからです。いわゆる”標準”は、自分の現状を把握することでできあがります。経営者の想いを現場へ示すということは、現場に今の立ち位置を知らせることにもなりませんか?

 

「カイゼン」の著者、今井正明氏は「標準のないところにカイゼンはない。いかなるカイゼンにおいても、その出発点は現在の立脚点である。」と喝破されていますが、現場改革を進めるにあたって、経営者の想いを現場へ伝える目的も全く同じです。目指すべき豊かなモノづくりの世界があることを現場へ知らせる必要があります。

 

現場には今の立脚点を知ってもらい、高みをめざしてほしいのです。現状維持の仕事は楽かもしれませんが、仕事のやりがいを感じる機会が少ないことに、現場は気が付いているはずです。高みを目指して、仲間と一緒に頑張って汗をかいている方が日々の生活も張りがあって充実しているのではないでしょうか?

現場が何も迷うことなく仕事へ打ち込める環境を整備したいです。

 

 

 

 

 

企業の成果は利益に現れます。黒字なのか、赤字なのか、現場にとっても重要な数値です。こうした収益実績を現場へ開示することは、一体化で大きな役割を果たしてくれます。ただし、単に黒字、赤字を示されても、現場は実感が持ちにくいものであることに注意です。

売上高 → 黒字、赤字

この説明では、現場の役割はわかりません。

 

売上高 → 生産性、リードタイム、効率 →黒字、赤字

現場の指標がで両者をつないでこそ、現場は実感を伴って黒字、赤字を理解できるのです。

 

・〇〇の売上高を、所定の〇〇の生産性で達成できたので、その結果、〇〇の利益が出た。

・計画の〇〇のリードタイムを達成できず、売上高未達で〇〇の赤字が出た。

 

収益には必ず、現場活動との因果関係があるので、それを明らかにするのです。ですから、経営者の想いというのは、経営者視点の収益上の目標に加えて、それを実現させる生産指標もセットで現わされるべきであることはご理解いただけるのではないでしょうか?

 

売上高 → 生産性、リードタイム、効率 →黒字、赤字

この因果関係の先に改善活動があるのです。

 

儲かる工場経営に必要なのはこの体系、全体像、俯瞰図、設計図となります。現場の基礎体力を高めようとお考えの経営者、経営者幹部がやるべきことは、改善活動の意味付けの提示です。改善活動のテクニックの前に、まず、これです。

 

これ抜きの改善活動は長続きしませんし、定着もしません。行きついたところ、やらされ感タップリになってしまうからです。大手と中小の現場での実務経験からそう判断できます。

 

作業者と現場で改善活動のことで議論をするとき、経営者層は常に活動の意味付けに力点を置いて下さい。ゴミ箱の位置を右から左へ移動させるような単純な改善行為であっても、収益上の因果関係を明確にした結果の行動であるなら大いに評価すべきです。経営者の想いに拠っています。

 

ゴミ箱をどこに移動させるかは現場に任せます。経営者層はあくまで、”想い”の実現に向かって行動しているのかどうかを評価するのです。やってもムダなことはひとつもないと現場へ姿勢で示します。

 

「失敗しても、これをやったら失敗するという経験ができるので、現場へは大いにチャレンジするよう言っています。」

 

ある金属表面処理加工企業、経営者の言葉です。この現場はいつも明るく、前向きです。こうした現場に身を置くと、現場は経営者の姿勢を映し出す鏡であると感じます。想いを熱く語って現場を成長路線へ導いてください。

 

経営者の想いを数値化する仕組みをつくりませんか?