「生産性ロードマップ戦略」—儲かる工場経営を目指して—第296話 工数モデルでも儲けを拡大させる要点とは?
「値上げの交渉をしても無理です。」
個別相談をいただいた30人規模設備部品メーカー経営者の言葉です。
その企業は工賃モデル、工数モデルで事業展開しています。お客様からいただくのは工数分の工賃です。相談の場では、生産性向上から始めって、収益力アップの話題へ至りました。
製造業であるなら、工賃モデル、工数モデルでも収益力を上げる手順があります。モデルに関わらず、初手は「高く売るにはどうするか?」です。
「お客様へ単価アップの相談をしたことがありますか?」と尋ねたところ、経営者から冒頭の言葉が返ってきました。
人時生産性向上の論点は2つです。
・付加価値額率向上
・詰めて、空けて、取り込む
これらを組み合わせた取り組みを地道に続け、儲けを拡大させます。納期遵守に加えて、生産性向上も平行させるのです。弊社はご支援で要点をお伝えしています。
外製業務の内製化に挑戦している現場があります。限界顧客を脱するために、あえて材料在庫を積み上げ材料メーカーに値引きの交渉をやってみようと決意した経営者もいます。原材料を安価に調達するため、原材料の多様な組み合わせを考えている資材担当者がいます。
これらは全て付加価値額率向上の取り組みです。
売上高300百万円 付加価値額率50%
この企業の付加価値額は150百万円です。この企業が上記のような取り組みで付加価値額率を2%向上させると、売上高が一定でも儲けがさらに6百万円積み上がります。付加価値額4%増です。
付加価値額率向上は儲け積み上げに欠かせない取り組みですが、この活動の余地がない事業モデルがあります。
工賃モデル、工数モデル
必要な原材料は全てお客様からの支給です。場合によっては、生産設備もお客様が準備します。単位工数当たり単価を決めるのはお客様です。
売上高=単位工数当たり単価×所要工数=付加価値額
付加価値額率100%のモデルです。
工賃モデル、工数モデルでは、その付加価値額率が100%となります。これは何を意味するのか?100%なので優れているのか?意味することは下記です。
変動費削減の余地がない
良い悪いではなく、こうした事業モデルということです。付加価値額率アップの機会がありません。このことを前提に儲けの積み上げを考えます。機会がないから不利と考えるのではなく、工数商売で儲けを積み上げるにはどうするのか?と考えるのです。
異なる事業モデル間で付加価値額率の高低を比べても意味はありません。付加価値額率は事業モデルの特徴を表しているにすぎないからです。
異なる事業モデル間で付加価値額率の高低を比べるのは、フランス料理と中華料理のどちらが美味しいか?を議論するようなもので意味はありません。ただし、フランス料理の範疇、中華料理の範疇で比べる意義はあります。
したがって自社の事業モデルで付加価値額率を定義し、それを高める活動は儲けの積み上げに役に立つのです。
付加価値額率100%の事業モデルで付加価値額をさらに積み上げるにはどうするのか?
答えは先の式の中にあります。
売上高=単位工数当たり単価×所要工数=付加価値額
・単位工数当たり単価を上げる
・所要工数を増やす
日本の景気浮上策として、賃金アップが先か?生産性向上が先か?議論がかまびすしいですが、どちらにせよ、私達、中小製造経営者はやれることをやるだけです。
日々の生活は止まっていません。従業員の豊かな成長を願う経営者はやれることを懸命に考えます。ただし、やれることならなんでもといっても価格競争だけは回避です。
辛くなることが見通せるからです。そこで、まずは「高く売るには?」と考えます。こうした思考回路を持ちたいです。どんな事業モデルであっても、まずはこう考えます。
単価を上げる
これが王道です。簡単なことではありません。簡単ではないので、競合も単価アップ交渉には腰が引けます。だからこそやる意味があるのです。競合と同じことをやっていても儲かる商売にはなりません。
単位工数あたり単価が我が社にとって儲かる単価になっているかどうか?これを知る必要があります。
我が社の固定費回収トントンレートと比べます。プラスの度合いが収益力です。この数値がマイナスだったら、そもそも商売として成り立っていません。
工賃モデルであろうが、工数モデルであろうが、まずやってみたいことは、単位工数あたり単価アップの交渉です。
なぜ、その単価水準なのか?ここを探ります。
・お客様は、その水準の原価でないとやっていけないのか?
・お客様の地域や業界では、その単価水準になっているのか?
・お客様は、依頼する企業に応じて単価水準を決めているのか?
私たちは固定費を豊かに成長させたいのです。単価とトントンレートとの差分を広げたいのです。その分だけ将来投資へ回せます。
単価アップ交渉を阻害する要因があったら、それを明らかにして、対応策を考えることが経営課題の本質なのです。
お客様にとって我が社は代替のない頼もしい依頼先なので、価格交渉を持ちかけると、お客様の懐は少々痛むけれども、相談に乗ってくれる。
お客様には依頼先がたくさんあり、我が社はその中のひとつでしかなく、価格交渉をしようものなら仕事は競合先へ流れてしまう。
後者なら、価格交渉以前の問題です。儲からない事業モデルになっています。事業モデルから考えなければなりません。
しばしば、お伝えしていることですが、下請けモデルや工賃モデル、工数モデルが悪いと言っているのではありません。儲からない下請けモデルや工賃モデル、工数モデルが悪いのです。モデルを変えなければなりません。
働き方改革の時代です。長時間労働で儲ける時代ではなくなりました。工賃モデルだからと言って、所要工数を増やして積み上げるのは時代錯誤です。
したがって、工賃モデルでは、原則、稼げる付加価値額は所要工数内にとどまります。儲けの上限があるわけです。工場が有する工数以上は稼げません。
その上限と固定費を比べて、将来投資の余地が有るのか無いのかを評価します。事業モデルの如何に関わらず、製造業の収益構造は固定費vs付加価値額です。
将来投資の余地が大いにあるなら、OK、従業員の豊かな成長を描きます。
将来投資の余地が無いなら、う~ん、従業員の豊かな成長を描けません。
貴社が後者なら、モデルから考える必要があります。
先の経営者は「値上げの交渉をしても無理です。」と語っていました。
そこで、なぜ「無理です。」と判断したのか尋ねてみると、意外にもはっきりした答えが返ってきませんでした。いわゆる認知バイアス、思い込みです。
当たって砕けろ、相談してみなければ分かりません。ただ、当然のように、値上げが簡単にできるはずはありません。お客様だって商売やっています。
だからこそ、値上げ交渉の阻害要因を明らかにしなければなりません。
もし、値上げ交渉の阻害要因が、貴社製品が選ばれないことにあるなら、それへの対策からやらなければなりません。それを「無理です」で終わらせるのでは、大将が自ら白旗を振っているようなものです。現場も頑張りようがありません。
大手から中小へ転職し、中小管理者時代に担った職場のひとつが、まさしく、この付加価値額100%、工賃、工数職場でした。幸いに、そのときのお客様はいろいろな点で理解を示してくれました。単価交渉にも真摯に耳を傾けてくれるようなお客様です。
ただ、そうした対応をしてもらえたのも、選ばれる理由があったからだと気付いたのは、ずっと後のことでした。
単価以外の要点は下記です。
所要工数を増やす
ここでもお客様との関係性が影響します。見積もり工数と実工数が乖離したときに、お客様がどんな反応をしめすのか気になるのです。
・お客様は実工数を概要しか把握していないので、多めの見積もり工数でも了解してくれる
・お客様は実工数を完全に把握していて、それ以上の見積もり工数を異常と判断する
前者はありがたいです。工数商売ながらも、詰めて、空けて、取り込む余地があります。前者の場合なら、お客様にいろいろな提案をして、積み上げの可能性を広げたいものです。
一方、後者の場合、自由度がありません。お客様へのアプローチが原則不可能です。全てを把握されています。
儲からない付加価値額100%モデルは下記の3つがそろった場合です。
・お客様には依頼先がたくさんあり、我が社はその中のひとつでしかなく、価格交渉をしようものなら仕事は競合先へ流れてしまう。
・お客様は実工数を完全に把握していて、それ以上の見積もり工数を異常と判断する。
・現場は既に100%の工数を投入している。
儲けが今以上になることはありません。儲けを今以上、出しようがないからです。
ただ、そうであっても嘆くことはありません。儲かる事業モデルを真剣に考える絶好の機会です。セロベースで考えます。
はっきりしていることは、大将が率先して白旗を振るようなチームは生き残れないということだけです。挑戦すれば道は開けます。
次は貴社が挑戦する番です!
成長する現場は、工数商売でもお客様に選ばれるので高く売るには?と考え豊かに成長する
停滞する現場は、大将自ら白旗を上げるので現場も頑張りようがなく現状に甘んじて留まる