「生産性ロードマップ戦略」—儲かる工場経営を目指して—第299話 設備投資を成功させる前提条件が整っているか?
「まずはしゃぶりつくすのですね。」
先日、個別相談をいただいた設備部品メーカー経営者の言葉です。
受注が低迷しています。踏ん張りどころです。受注が回復したときに備え、現場の生産性を高めたいと考えています。
少ない仕事量に合わせたペースで仕事をしている現場を変えなければならないと考えている経営者です。
あるコンサルタントに相談したところ、その結論が「現場を機械化してください。」でした。しかし、先の経営者には「そうかもしれないけれども、本当にそれしかないのか・・?」という疑問がわいてきたのです。そこでご相談があった次第。
成果が出る設備投資にはお作法、手順があります。設備投資を実務でやったことのある人なら知っていることです。それを説明しました。
それまでつかえていたものが外れたようです。晴れやかな表情をした経営者が語ってくれたのが、冒頭の言葉です。
「人手作業は低効率である。だから、生産性を高めるには機械化、自動化だ。そうすれば効率が高まって生産性が向上する。」
これは正しくもあり、間違いでもあります。
設備投資は生産性を高める手段のひとつにすぎません。設備投資すれば、必ず生産性が向上するのではありません。
設備化、機械化、無人化、自動化で人時生産性を高めるには、前提条件があるのです。設備投資を実務でやったことのある人なら知っています。
先の経営者が受けたコンサルタントの見解がどのような判断基準で示されたのかは知りませんが、少なくとも経営者には違和感があったのです。
前提条件の検証が抜けていたと推測されます。
設備投資の目的は様々です。
・従来にない新たな固有技術を手に入れるため。
切削加工の現場にAM装置を導入するなどが当てはまります。
・作業効率を高め、リードタイムを短くするため。
それまで人手でやっていたことを自動化、無人化、設備化します。
・生産量を増やすため。
設備の台数を増やせば生産数量は増やせます。
などなど。
目的は様々ですが、狙いには共通点があります。
改善活動ではできない水準の成果を得ること。
改善活動の原則は現場の自主性です。成果は現場の裁量範囲に留まります。従来延長線上での成果です。したがって、現場がどんなに頑張っても達成できない水準の課題もあります。
高機能性を引き出す加工、10倍の生産性を達成する加工、生産数量を5倍に引き上げる加工など。改善活動だけでは達成できないことが製造業にはあります。技術の世界で戦っているからです。そうした水準に至らないと競合に勝てないことがあります。
それを「設備」でできるようにします。見た目にもインパクトがあるので、現場の雰囲気も変わるのです。現状を打破できます。
・改善活動ではできない水準の成果を得ること。
・現状を打破すること。
設備投資の狙いです。
設備投資の対象範囲は「固有技術」と「マテハン」の2つに分けられますが、どちらであっても、今の設備や人員をしゃぶりつくしているかどうかの判断が重要です。
貴社の現場では、下記を実践していますか?
1.現状を整理する。
2.問題点(目標達成を阻害する要因)を列記する。
3.問題点を解決(改善活動を実践)する。
4.できることとできないことを明らかにする。
5.今の設備と人で達成できるリードタイム、生産性の上限を明らかにする。
「今の設備と人員をしゃぶりつくした。」とは項5に至った状況を言います。「もう、これ以上はどんなに頑張ってもムリ・・・。」を体感していることです。我が社の限界を知っていることともいえます。
設備投資の前提条件とは項5、つまり我が社の限界を知っていることに他なりません。それを「しゃぶりつくした。」と言うのです。
ここからスタートしないと設備投資は失敗します。しぶりつくすことなく、機械化の検討に入ると、現状のムダやロスも一緒に機械化される恐れがあるのです。
そして、一旦、機械化、自動化されると、もう、そのことには気付けません。「機械化、自動化したから完了だ。」と思い込みます。誰でも陥る認知バイアスと言われる心理現象です。仕方がありません。
だからこそ、設備投資をやる前に、今の設備と人員で、スリムな仕事のやり方を追求します。成果の有無は問いません。その姿勢が大切なのです。
人時生産性を高めようと四苦八苦、試行錯誤、七転八倒、暗中模索、トライアンドエラーすれば、自ずと我が社の限界を知ります。それが健全なストレスを生むのです。
「技術でブレークスルーをしたい。」
設備投資とはそうした状況に至ってからやるものです。“本質的な”ムダとロスを徹底的に排除した後、それを機械化するからこそ投資効果が出ます。
機械化が“本質的”なムダとロスを除去してくれるわけではありません。
日頃、「納期遵守」だけをやっている現場は生産性を高める肌感覚を知りません。人時生産性を高める苦労や達成感を知らないのです。
「納期を守れば問題ない」が判断基準になっています。我が社の限界なぞ、考えたこともありません。経営者から見ると現場はムダだらけのように見えても、作業者の思考回路はそうなっているのです。そうした状況で設備投資をしたらどうなるでしょう?
「なんか面倒くさい機械が入ってきたな。今までのやり方の方が楽だ。」そんな風に考えるのが関の山です。
せっかくの設備投資も十分に生かされずに終わります。我が社の限界を知らない現場ではそれが普通です。
一方、我が社の限界を知っている現場では、「待っていました!」とばかりに、導入された設備や装置を使いこなそうとします。健全なストレスを解消できるからです。
設備投資は、現場から「社長、投資をしてくれてありがとうございます!」との声が出てこないと意味がありません。
「人手作業は低効率である。だから、生産性を高めるには機械化、自動化だ。そうすれば効率が高まって生産性が向上する。」
我が社の限界を知っている現場では正しいことですが、我が社の限界を知らない現場では間違いとなります。正しくもあり、間違いでもあると先述した理由はこういうことです。
“本質的な”ムダとロスを徹底的に排除した後に、それを機械化するからこそ投資効果が出るのであって、機械化が“本質的”なムダとロスを除去してくれるわけではありません。
現場が健全なストレスを感じているなら設備投資はうまくいきます。
ただ、設備投資で留意しなければならないことがあります。いわゆる既存設備のデッドコピーでやれる、単なる増産や老朽化更新はやりません。
技術は進化しているからです。だからロードマップを使います。設備や人への将来投資は、今のためではなく、将来のためにやります。それが設備投資です。
大手が中長期計画を立てて設備投資をやるのは、投資額の大きさ故、それを回収するストーリーをはっきりさせないと怖いからです。ロードマップなしの設備投資は怖くてできません。
先の経営者もやることがはっきりしたようです。設備投資をやる意味も明確になりました。まずはリードタイム分析です。
次は貴社が挑戦する番です!
成長する現場は、ウチの限界を知っているので現状打破の設備投資をありがたいと考える。
停滞する現場は、ウチの限界を知らないので新たな設備投資のありがたみを理解できない。