「生産性ロードマップ戦略」—儲かる工場経営を目指して—第365話 コスト分析の目的を間違えていないか?

「先生、10年くらい前から同じ数値を使っています。」

業界で特色ある事業をやっている40人規模メーカー経営者の言葉です。

 

競合と比べて、コア技術に優位性があります。圧倒的とまでいかなくても、鼻先ちょっとの差でもいいのです。そのちょっとの差をお客様に認めてもらえたら、価格を決めるとき、お客様との交渉がやりやすくなります。

 

優位性を手にしている経営者なのですが、見積もり価格が儲かる価格になっているかどうかが判断できていないようです。見積もりの構成要素はいろいろですが、いわゆるレートは欠かせない要素と言えます。

 

そのレートはどうやって決めましたか?と先の経営者に尋ねたところ、冒頭の言葉が返ってきました。

そのあと議論をした経営者は「なるほど、事業規模が横ばいだった原因がこんなところにもあったかもしれません。」と腹落ちしたようです。

 

 

 

 

 

値決めは経営と言われます。売上高=単価×販売数量です。価格決定が儲かる工場経営において要点のひとつであることは論を俟ちません。

「価格の決定権がない」とは、すなわち「生殺与奪の権を他人に握られている」ことに他ならないのです。

「ウチは下請けだから顧客に言われた価格でしかやりようがないです。」と語るご支援先経営者がいます。

それは、そもそもお客様に価格の決定権を100%握られる事業モデルに問題があるのです。

 

しばしばお伝えしていますが、下請けモデルが悪いのはなく、“儲からない”下請けモデルが悪いのです。

・なにかと、すぐにアイミツをとられ、競合と比べられる。

・お客様が抱く我が社への興味は価格だけだ。

・価格のことを相談しようとすると、転注をにおわされる。

ご自身が持っている事業がこうした状況にあるなら事業モデルを見直さない限り、辛い状況が続きます。

 

長年、同じ事業モデルで商売を続けてきた経営者はその事業モデルが全てと思い込みがちです。一方、第三者から見ると、それはそもそも儲からない市場に身を置いているから儲からないという極めて至極当然なことが見えてきます。

 

長年、やってきた我が社のやり方に間違いはないという認知バイアスに囚われていると、市場の変化に気付きません。時間ばかりが過ぎて改革に着手する機会を失うのです。

経営者には客観的な意見も必要とされる所以です。

 

 

 

 

 

なぜ、自主的な値決めができないのか?

経営者は考える必要があります。

・なぜ、すぐにアイミツをとられ、競合と比べられるのか?

・なぜ、お客様が抱く我が社への興味は価格だけなのか?

・なぜ、価格のことを相談しようとすると、転注をにおわされるのか?

多くの経営者なら答えはすでにお分かりのはず。

貴社が提供している製品やサービスと同じ水準の製品やサービスを提供できる競合がたくさんあるからです。貴社の強みが優位性、差別化につながっていません。

QCDのQとDに魅力的な”何か“があれば、お客様はCだけでは選びません。その魅力的な”何か“は、お客様にとっても自社の付加価値額を積み上げるのに貢献します。

そうであるなら、その魅力的な”何か“は、お客様にとって、絶対手にしたいものです。

その魅力的な”何か“がないと、自主的な値決めができません。競合と単純比較されるだけです。もしそうなら、経営者にとっての課題は儲かる事業モデルを考えることです。

優位性や差別化を強化すれば、徐々に「値決めは経営」を実践できます。

中小製造経営に「値決めは経営」を実践して欲しいのです。

 

「値決めは経営」を実践されているご支援先の経営者の多くは、設計・開発、企画に多くの時間を割いています。そして、市場に向き合うために外で仕事をするのです。

付加価値額の源泉はお客様のところにしかないことをご存じです。

優位性がなければ、値決めは経営」を実践できません。その場合は、優位性や差別化を実現させる取り組みが経営課題となります。

 

 

 

 

 

中小企業白書2020年版では「優位性による価値の創出」が大事と語っています。付加価値の獲得に向けた適正な価格設定のためです。

優位性がないと適正な価格設定ができません。そもそも論です。

しかしながら、その優位性を持っている企業でさえ自社の優位性を価格に反映できていない現実があります。いわんや、優位性を持たない企業においてをや・・・。

 

そこで、白書は優位性を持っている企業に“絞って”、どうしたら付加価値の獲得に向けた適正な価格設定ができるかを分析しています。

重ねて申し上げますが、お客様に選ばれる優位性がないのなら、優位性や差別化を実現させる取り組みが先です。

白書は、「優位性を持っている企業」を対象に、自社が持つ優位性や差別化を価格に反映するために必要な3つの取り組みを上げています。

・「顧客への優位性の発信」

・「価格競争に参加しない意識」

・「個々の製品・サービスごとのコスト把握」

 

 

 

 

 

3番目にコスト把握が挙げられています。

なぜ、コスト把握が大事なのか?

赤字だったら、なぜ赤字になったのかコストを分析して明らかにする・・・。

問題点を明らかにするために、損益計算書や貸借対照表を分析する・・・・。

これは間違いです。少なくとも製造業についてはそうです。

多くの製造経営者はそんな分析は必要がないと考えています。そんな過去のことは、分析をするまでもなく、経営者なら分かっていることです。

工場経営について肌感覚で分かっていることを、改めて、数値で指摘されても、傷口に塩を塗られる気分になってしまいます。経営者が知りたいのは将来です。

 

コスト把握が必要なのは、将来に向けてどうすべきか知るためです。

その手掛かりを経営者に与えてくれます。そのための分析は有益です。

レート算出のための分析は役に立ちます。

これは値決めは経営を実践するときに欠かせません。

 

 

 

 

 

製造業の収益構造は固定費vs付加価値額(粗利、貢献利益、スループット)であるとお伝えしています。付加価値額を積み上げ、経営者がこの先、1年間で投資する固定費を回収するのです。

固定費は経営者の想い、意志と意図を表したものに他なりません。

これは文字通り1年間固定です。後は固定費の頂上を目指して、各種製品やサービス毎から生み出される付加価値額を積み上げていきます。

 

1年間で回収しなければなりません。1年と2か月で回収できてもダメです。それを赤字と言います。

そうであるなら各種製品やサービス毎から生み出される付加価値額の規模を大きくして効率よく回収したくなりませんか?

 

@付加価値額×販売数量。これが付加価値額の規模です。

そして、@付加価値額を決定するのがレートです。

レートを設定するお作法があります。お作法がありますが、唯一絶対ではありません。経営者の考え方が反映されます。

弊社のご支援先もいろいろです。ただし、お作法は押さえてもらっています。

 

 

 

 

 

 

レート設定で絶対に必要なのが固定費の規模です。それを工数で除することがレートの基本形となります。ここから先に経営者の考えが反映されるところです。

儲かる価格の決定要因は複数ありますが、下記は重要度の高い論点となります。

・除する(分母)の工数を総工数とするか?直接員工数とするか?

・間接員固定費は直間比率で回収するのか?直接員工数で回収するのか?

・トントンレート+上乗せ儲けで考えるのか?付加価値額レートで考えるのか?

レートを考えるとは固定費の規模を押さえておくことに他なりません。製造業の収益構造は固定費VS付加価値額だからです。

コスト把握の目的は、儲かる値決めに必要なレートを明らかにすることにあります。

 

そのレートは将来に向けてどうすべきかを経営者に教えてくれます。事業を5億円、10億円、20億円と成長させたかったら、人と設備への持続的な投資が必要です。

固定費の規模も徐々に成長させます(肥大はダメです)。投資した分は回収するのです。

大手はそれを徹底的にやります。自動車部品工場時代、20年間身をおいて事業を成長させる様を目の当たりできたのは幸いでした。

 

事業規模が5億円、10億円、20億円と成長するにしたが、レートも変化します。固定費が成長し、総工数も変化するのです。

・レートを上げて、付加価値額を積み上げるのか?

・レートを下げて、付加価値額を積み上げるのか?

ここに至って、経営者は将来に向けてどうすべきかが見えてきます。

 

 

 

 

 

先の経営者は、付加価値額レートと直接員工数の組み合わせでした。ただ数値の根拠は10年前に先代が設定したものです。それを下地にアレンジして使っています。

「10年間振り返って固定費規模は不変でしたか?」との問いに、「結果として増えていますね。」との言葉。

そうであるなら規模に見合ったレートを設定しなければ儲かる価格水準が見えてきません。

さらに、付加価値額レートだけでは、価格交渉時のトントンが不明です。

下請けモデルでトントンが不明では何を判断基準にするのか?ここも明らかにしたいと先の経営者は考えています。固定費の把握に甘さがあったと気付いたようです。

 

値決めは経営。稲盛和夫氏の言葉です。

ゼロイチで事業を立ち上げた経営者の言葉であり納得の指摘です。刺さります。

 

コスト分析で固定費を把握するところからです。

ただ、その前に優位性と差別化を手にしてないとなりません。そうでないと価格交渉の余地がなくなります。差別化は持続的成長に必要なイノベーションの原動力です。

 

次は貴社が挑戦する番です!

成長する現場は、コスト分析を最良なレート設定に活かして、儲かる値決めをしている。

衰退する現場は、コスト分析で過去のことを振り返るだけで、儲かる値決めができない。