「生産性ロードマップ戦略」—儲かる工場経営を目指して—第170話 意図や意思ある数字

「先生、昨年対比で増えますが、将来への投資と考えているので、後はやるだけです。」

中堅メーカー、経営幹部の言葉です。

 

従来、毎年、売上高と利益ベースで経営計画を立てていました。経営計画を売上高と利益から考えること自体、特別なことではありませんが、その幹部は「なんとなく」違和感を感じていたようです。

売上高と利益で示された目標では、経営者の考え方が現場に伝わりにくいのでは?という疑問を、長年、抱いていました。

将来投資型固定費戦略の考え方が、疑問を解くヒントになったようです。これまで「固定費」という観点で事業を見たことはありませんでしたとは、その経営幹部の言葉。

 

そして、「固定費」が意味すること、儲かる工場経営の方程式、現場で積み上げる「粗利」(その企業では付加価値額を”粗利”と呼んでいます。)などを勘案すると、固定費を工場経営の中心に据えれば、経営者の考え方を現場へ落とし込みやすくなると考えるに至ったのです。

 

先の経営幹部は、「固定費が増えているけれども、目的があるので構わない。将来へ向けての取り組みなので目先は赤字になっても目をつぶる。」とも考えています。

損益分岐点比率が60%を下回る水準で経営していると言われている大手製造企業であるならいざ知らず、現状95%前後の企業です。今期の収益が赤字もあり得ます。

 

しかし、その企業では将来へ向けた取り組みを強化する方針を打ち出しました。さらに、今は、固定費VS付加価値額で状況を見通せているので、赤字であってもコントロールができます。意図ある赤字、意思ある赤字だからです。

出来上がった計画で明らかとなった固定費のビフォー・アフターを語ったのが冒頭の言葉です。コントロールができるかどうかが問題なのです。確信がなければ、冒頭の言葉は出てきません。

 

 

 

 

 

固定費の大部分を占めるのは人件費です。減価償却費の大小で占める割合は変わってきますが、貴社でも、50%以上を占めているのではないでしょうか。

人手に依存する組立系の業種でしたら、その割合はもっと大きくなります。

 

減価償却費はキャッシュ・フローのプラス要因であることを踏まえると、減価償却費の大小に関係なく、固定費の本質は人件費にあると考えて差し支えないでしょう。

したがって、固定費は人への投資のバロメーターです。先の幹部は目先の利益に囚われず、教育や昇給分を加味した将来へ向けての投資の観点で固定費を決めたと語っています。

 

その企業では、原価償却費の割合が小さく、固定費に占める人件費の割合が大きいことを確認しました。固定費を成長させること=人への投資を充実させることと説明できます。

ですから、増える固定費は経営者の意図や意思の表れです。

 

弊社では、固定費は削減の対象ではないと考えています。当然、ムダがあってはなりません。固定費の構造を明らかにして、諸経費部分に埋もれているムダは除去します。

それから、固定費自体を成長させていくのです。

 

その過程では、意図した赤字、意思のある赤字があるかもしれません。

ただ、「よく分からないけれど、結果として赤字になった。」という状況と”赤字”という点では同じですが、コントロールの可否という点で本質的な違いがあります。

 

ラグビーに例えるなら・・・。タックルを受けるときの姿勢の違いです。

「来るぞ」と身構えながら、タックルを受けるのが前者の赤字。腹に力も入っています。次を考えているので、倒れ込みながらも周囲の味方へパスを出せます。

目的を持った赤字なら、善後策が立てやすいのです。

(余談ですが、先日のラグビーW杯スコットランド戦で日本代表が見せてくれた3連続オフロードパスからのトライは見事でした!)

 

一方、ボーっとした状態で、タックルを受けるのが後者の赤字。突然の衝撃に思わず身体がのけぞり、ボールをハンブルしてしまいます。相手にボールを奪われ、そのまま〇〇m独走トライを許すかもしれません。

なんとなく、あぶないとは感じていたが、やっぱり赤字だ!どうしようと右往左往です。

 

同じ赤字でも、意図や意思の有無で状況は全く異なります。必ずしも、赤字がダメだと言っているわけではありません。コントロールしていない赤字がダメだと言っているのです。

事業活動を推し進めていれば、「タックル」を受けるときもあります。その時の対応の仕方が問題なのです。

 

 

 

 

 

リストラにおいて、固定費は圧縮の対象、削減の対象と考えるのが一般的です。赤字からの黒字化で、まず浮かぶのはリストラ。伊藤自身が大手に勤務していたときはそうでした。

一方、中小現場の管理者として職場の黒字化を目指していた頃、大手と同じ手法はダメでした。詳細はセミナーや個別相談でお話ししていますが、大手と中小では異なるアプローチが必要だったのです。

 

中小現場の管理者時代、黒字化の過程で赤字を経験しましたが、そのときの赤字は意図のある赤字、意思のある赤字でした。現場へ事情を説明できましたし、さらには頑張りを促すができたことを憶えています。

儲かる工場経営のポイントは、意図や意思の有無です。要はコントロールできているか否かです。意図や意思があれば、コントロールできます。

 

固定費は一般的に圧縮の対象ですが、「意図ある」「意思ある」固定費であるなら、赤字に慌てることはありません。増える固定費が問題なのではありません。コントロールされていない固定費が問題なのです。

原材料、仕掛りなどの在庫も一般的に減らすべき対象ですが、「意図ある」「意思ある」在庫であるなら、キャシュフローが少々毀損しても問題はありません。増える在庫が問題なのではありません。コントロールされていない在庫が問題なのです。

現場の人員体制も一般的にスリムにすべき対象ですが、「意図ある」「意思ある」人員体制であるなら、労務費が増えてもコントロールできます。増える人員体制が問題なのではありません。コントロールされていない人員体制が問題なのです。

などなど。

そもそも、工場経営とは経営者の意図や意思が先にあるものです。結果としてこうなったではなく、こうするぞというのが儲かる工場経営の姿ですコントロールの有無です。

 

 

 

 

 

現場活動も目的があるからやっています。付加価値額人時生産性を高めるためです。現場活動を定着させ、儲かる価格設定と連動を図り、経営問題を解決する手段にします。

ここで、欠かせないのは経営者の「意図」や「意思」です。「意図ある」「意思ある」のは、目的があるからで、そこから現場活動の”必然性”が生まれます。

 

これまでは売上高規模、生産量規模を追いかける時代でしたが、これからは、付加価値額人時生産性を追いかける時代です。足し算、引き算だけでなく、分母と分子で考えなければなりません。

現場が主役の儲かる工場経営を標榜するなら、「圧縮」「削減」のみでは、限界があることにお気付きでしょう。

一見、圧縮や削減の対象であっても、意思や意図を持ち、投資の視点を加えると違って見えてきます。「意図ある」「意思ある」数値で現場を動かします。意図や意思があればコントロールできます。圧縮や削減の対象はコントロールできていないと問題になるのです。

 

固定費を削減しなければならない、在庫を圧縮しなければならない、人員体制をスリムにしなければならないという思い込みは不要です。コントロールできていれば問題ありません。まずは、ご自身の「意図」「意思」に焦点を当てていただきたい。

儲かる工場経営を目指す航海の途中ではいろいろな出来事が起こります。大切なのは柔軟な対応とコントロールです。

 

 

 

 

 

生産性UP体制構築の主役は現場です。IEや5S、赤札作戦などのスキルを目的化させないためには、現場を動かすノウハウがカギとなります。

工程設計をするにも、工数設計をするにも、そうしてレイアウト変更するにも、成果を出すためには現場ひとりひとりのやる気を引き出さなければなりません。

だからこそ、経営者の意図や意思が必要です。意図や意思は投資の考え方を後押ししてくれます。コントロールも可能です。「何をやるか」の前に、「何のためにやるか」です。

経営者の意図や意思によってつくられた仕組みで人を動かすのです。人を直接に動かそうとしたって、動くものではありません。

次は貴社の番です!

 

・成長する現場は、「来るぞ」と身構え、タックルを受けてもボールをコントロール、周囲の味方へパスを出す。

・停滞する現場は、突然のタックルに驚いて、ボールをハンブル、敵にボールを奪われる。

「意図ある」「意思ある」数値で現場を動かしませんか?