「生産性ロードマップ戦略」—儲かる工場経営を目指して—第186話 技能の底上げを図る勘所は?
「先生、パートさんがベテランに教えを請うようになってきました。」
昨年、新たな生産性向上プロジェクトを立ち上げた経営者の言葉です。
生産性向上プロジェクトは段階を踏みながら進めます。プロジェクトを成功させるには「手順」があるということです。
そして、プロジェクトが進むと、あることに焦点が当たり始めます。作業者ひとりひとりの「スキルアップ」です。
製造現場の持続的な成長に「人材再生産体制」が欠かせない・・・論を俟たないでしょう。多くの方々が語っているように、企業は人なり、現場は人なり、です。
現場のひとりひとりが、経営者の思考回路を共有し、その上で、スキルを相互に磨き続け合う。こうした仕組みを自前で持っている現場が生き残り、成長します。
これは現場活動の後半でどんどんクローズアップされることです。付加価値額を積み上げ、付加価値額人時生産性を高めるなかで、現場のスキルも積み上げる必要があるのです。
このあたりは、モノづくりで商売をしている私達に欠かせない論点となります。したがって、ある時点から、現場技能の底上げを図るために、作業者ひとりひとりへの「教育」が必要となってくるのは明らかです。
先の現場に、技能評価制度はあります。しかし、評価制度が現場のスキルアップのきっかけや動機とはなっていませんでした。
そこで、経営者は違うやり方でスキルアップの動機付けをしようと試みました。プロジェクトを通じて、現場活動のビフォーアフターを作業者へどんどん提示するようにしたのです。
そうするうちに、注目していたあるパートさんの行動に変化があらわれてきました。冒頭の言葉です。
禅語に啐啄同時(そったくどうじ)ということばがあります。「啐(そつ)」とは、卵の中の雛が内側から殻をつつく音。「啄(たく)」とは、親鳥が外側から殻をつつく音。
雛鳥が卵から出ようとするのに合わせて、親鳥が外から殻をつついてサポートする意から、導く人と学ぶ人との間で生まれる、学ぶ絶好の機会を生かす状況をあらわした言葉です。
今まさに悟りを得ようとしている弟子に師匠がすかさず教示を与え、悟りの境地に導くことです。弟子と師匠の「啐」と「啄」が、少しもずれることなくピタリと同時に行われるのが師弟の理想。そのことを卵から出てくる雛鳥とそれを手助けする親鳥の姿で表現しています。
これは技能教育にも通じることです。望ましい現場での教育とはどんなものでしょうか?当然のことですが、次の2つがそろっていることです。
1)作業者ひとりひとりが「技能を高めたい」という気持ちになり行動すること。
2)ベテランが「技能を高めてやろう」という気持ちになり行動すること。
雛鳥が卵の殻を割って「外へ出たい!」とは考えず、殻をつかなければ、外で親鳥が待ち構えていても、そもそも何も起きません。逆に、「外へ出たい!」と考えた雛鳥が一生懸命に殻をつついても、親鳥が手助けしなければ、途中で力つき、卵から出られません。
技能教育には雛鳥と親鳥の絶妙な連携、つまり啐啄同時(そったくどうじ)であることが求められるのです。つまり学びたい!作業者と教えたい!ベテランをタイミングよく合わせないとなりません。
親鳥に手助けをするよう促すことからです。経営者自身がベテランへ「若手をよろしく頼む」と明確に伝えることです。さらには、ベテランの業務に、若手あるいは新人への技能教育を加えることです。
経営者がその業務を評価すれば、心意気のあるベテランはしっかり対応してくれます。頼られて嫌な気持ちになる人はいません。
一方、雛鳥に「外へ出たい!」と思わせ、殻をつつかせる行動を促すのは、どうでしょうか。こちらは一筋縄ではいきません。
経営者が若手や新人へ「スキルアップに期待するよ!」と声掛けするのは一つの手です。しかしながら、少々、問題があります。学ぶ立場ですから、そうしたメッセージがしつこくなると「やらされ感」が出てくるということです。これは留意したいことです。
人は誰でも成長欲求があると言われます。マズローの欲求階層説での最上位に位置付けされる「自己実現の欲求」がそれです。これは、いわゆる「やらされ感」と対極です。
したがって、成長欲求を刺激するような仕事の与え方がカギとなります。知恵と工夫で若手や新人をその気にさせるのです。
そこで、実践したいことがフィードバックです。「あなたにはここまでのことを期待しているけど、実績は〇〇だった。なんとか、ここまでやれるように頑張ってもらいたい。」という経営者のメッセージを、仕事を通じて感じさせることです。
現場活動の実績、生産の実績、生産性の実績を過去実績や目標と比べられる状況にすることです。いやでもビフォーアフターが見えます。
比べられると頑張りたくなるのが現場。足りないスキルを補って、これまでできなかったことをできるようにしよう、そうして、目標を達成しよう。
こうして、スキルアップを目標達成の手段と感じさせるのです。目的が明確になっていると、人の行動には気合が入ります。
趣味は楽しみのためですが、仕事は楽しみのためではなく、特定の目的のためにやるわけですから、スキルアップの目的を感じさせたいのです。
経営者が自らこのあたりのことを言葉で伝えることは効果的です。が、一方で度が過ぎると「やらされ感」につながります。したがって、仕事を通じて、経営者からの期待感を感じさせたいのです。
先の現場では、現場のホワイトボードに、製品別生産性向上の実績を掲示し始めました。製品ごとに担当者がついています。掲示されれば、他の人が担当している製品のそれも気になるでしょう。自然と比べます。
スキルを高めて実績を目標へ届かせたいという気持ちがむくむくと湧いてくるのではないでしょうか。これは「やらされ感」ではなく、やる気そのものです。
先の現場では、パートさんであっても、業務成果を評価しています。だから、そのパートさんもスキルアップの必要性を感じ、自発的にベテランへ教えを請いに行ったわけです。
ベテランには、事前に、そうした人をしっかりサポートするようによろしく頼むと声掛けしておいたのは言うまでもありません。
教えてもらいたい!と感じたタイミングでしっかり後押しをしてくれる人がいる現場では、技能教育が自然と進みます。啐啄同時(そったくどうじ)の現場です。
1)若手や新人が教えてもらいたい!と感じさせる環境
2)若手や新人の教えてやろうという心意気をもったベテランの協力
環境と協力。両者を絶妙につなげる仕組みを考えたいです。フィードバックは重要な役割を果たします。先の現場では、現場活動の実績、生産の実績、生産性の実績を過去実績や目標と比べられるようにして、教えてもらいたい!と感じさせる環境を整備しました。
他の例として、技能評価制度そのものをうまく使って、現場技能の底上げを図っているところもあります。
そこでは現場生え抜きで技能がピカ一の工場長が作業者一人ひとりの技能評価を定期的に実施しています。
定期的に作業者の後ろに立って、評価表を手にして、仕事ぶりを眺めるのです。作業者はそれを意識しています。
その後、評価結果を手渡し、工場長がアドバイスをします。そうしたやり取りの中で、作業者から、あれを教えてほしい、これもやってみたいという声が上がってきたというのです。
そういう要望があれば、即刻、工場長が自ら直接指導です。なにせ現場生え抜きで技能はピカ一なのですから。うまくできるようになったらしっかり褒めています。
先に示した啐啄同時(そくたくどうじ)の現場に必要な2つ(環境と協力)を工場長が一人で作り出しています。プレーイングマネージャー役が機能している好事例です。
その企業の経営者が工場長の技能評価結果を給与の査定に活用していることも、作業者へ前向きの行動を促しています。
経営者が「スキルを高めよ」と闇雲に連呼してもうまくいきません。技能を底上げする勘所があるということです。環境と協力。啐啄同時(そったくどうじ)の現場です。
次は貴社の番です!
・成長する現場は、技能を「高めたい」と「高めてやろう」が絶妙に一致する。
・停滞する現場は、技能を「高めたい」と「高めてやろう」という気持ちがそもそも無い。