「生産性ロードマップ戦略」—儲かる工場経営を目指して—第203話 現場は顧客のことをどれだけ知っていますか?
「お互いの信頼関係をもっと築けて、より深い関係になれます。」
特殊な金属加工技術を事業の柱としている経営者の言葉です。
その企業では、顧客から加工対象品を預かり、加工後、顧客へ届けます。塗装業や熱処理業でのやり方と同じです。今のところ、売上へのコロナ禍の影響は限定的です。幸い、需要の大きな落ち込みはありません。
ただ、東京オリンピックが延期されました。その分の需要は減少傾向にあります。打つべき手があれば、新たな施策をドンドン打っていこうと考えている経営者です。
その企業では1年半の活動で製販一体体制を構築しました。今では製造と営業の責任者が定期的に集まって情報交換をしています。その会議でのこと。営業責任者がふとこんなことを漏らしました。
「技術のことを客先担当者へ伝えるのに苦労することが多々ある。客先担当者が技術に詳しいとは限らないので、ウチの営業だけでは、状況を正確に伝えきれない場面も少なくない。」
営業部門が客先担当者へ技術情報を届けることがあります。相互に理解し合えることなら問題ありません。しかし、技術の話は奥が深くて、範囲も広いものです。とくにトラブったときや新たなことへの挑戦!というときはそうなります。
技術に詳しくない担当者どうしで話をしても肝心なことが伝わりにくい。だったら・・・。製造部門が相手の技術担当者と直接に話をしてみようということになったのです。
技術に詳しい製造部門が対象製品を設計、製造する客先の担当者と直接やり取りすれば深い話ができます。さらには現場ベースでのイイ関係を構築できるのです。
冒頭の経営者の言葉です。
事業の目的は顧客の創造にある。ドラッガーの言葉です。モノづくりを顧客づくりへ結びつける。現場活動で新たな顧客を生み出す。忘れてはならない観点です。
顧客に選ばれない限り「顧客の創造」はできません。顧客に貴社独自の固有技術を見つけてもらい、そして選んでもらうのです。
したがって、見つけてもらう担当者、選んでももらう担当者が顧客のどこにいるのか?は製販関係者全員への大切な問いかけとなります。
そして、その問いかけの答えに従って顧客へ働き掛けるわけです。先の企業ではそれを製販一体でやろうとしています。
伊藤が自動車部品の工場でエンジニアとして勤務していたとき、営業担当者と一緒に客先へ出向いて技術打ち合わせをすることが度々ありました。
新技術や新製品を対象にした話です。テクニカルな説明を求められます。それへの対応のためでした。
対象製品の設計者や購買担当者との打ち合わせです。つまり、自動車会社側のいわゆる「現場」の皆さんということになります。
開発段階での打ち合わせです。技術を語る本質的なことにも触れることとなり、「熱」の入った議論になることもありました。
こうしたやり取りを重ねれば、芽生えてくるのがあります。「信用」や「信頼」です。
そうした関係を構築した皆さんに現場を見てもらい、新技術を体感していただく機会をつくることもありました。客先の「現場」の皆さんにもウチのファンになってもらいたいという気持ちもあったのです。
部品供給先を決定する人は別にいました。したがって、客先の「現場」の皆さんが決定権を持っているわけではありません。
しかし、当然ですが、客先の「現場」の皆さんは決定権を持った方へ影響を及ぼします。決定権を持った方から「〇〇企業の△△の技術はどうですか?」と問われるわけです。
問われた皆さんも人間です。熱心で丁寧な仕事ぶりを見せてくれたところの応援をしたくなるはずです。
「真の顧客とは決定権を持っている人だ」とはしばしば言われることです。この考え方に従えば、子供の習い事やスポーツ教室、塾では親が真のお客となります。
ただし、当然ですが、子供の影響力も小さくはないでしょう。親は実績や評判を基準に選択をするわけですが、直接に係わる子供の意向を無視はできません。
「ここがイイ!」と子供が言えば、親としてそちらを優先させることもあります。
貴社の顧客にもいわゆる「親」と「子供」に相当する方々がいるのではないでしょうか?「親」に当たる決定権を有する方々へのアプローチは営業担当者が地道にやっています。
そこで、新たに「子供」、つまり客先の現場に注目です。そこでは技術の専門知識や経験が求められます。中小製造現場の登場です。
営業担当者を介した、従来の磨りガラス越しの対話が変わるのです。かゆいところに手が届く情報を直接に顧客の現場へ届けられます。
より深い関係の構築が商売上、有利な状況つくることは容易に想像できることです。
・決定権を有している人にウチの現場を知ってもらう。
・客先の現場の皆さんにウチの現場を知ってもらう
前者の重要性はかわりませんが、後者が加わることで競合に先んじた活動を展開できます。
大手製造企業は製販一体で顧客に臨みます。効率がいいからです。営業部門が決定権を持つキーパーソンを探りフォローする。技術担当が技術課題を一手に引き受ける。役割分担です。
規模が強みの大手ならではの分業体制かもしれません。余力がない中小現場で技術に詳しいキーパーソン、工場長や管理者、リーダーが客先へ足を運び、意見交換することを定例化、業務化しているのはまれです。
クレームや問い合わせがあったら出向むく、ということはあるでしょう。しかし、限られた人員のなかギリギリでやっている中小現場に足繁く客先を訪問する余裕がないのは普通です。
だからこそ意味があります。競合も簡単にはできないのです。ですから、この現場でも仕組みをつくってきました。相乗効果で余力を生み出す効果が仕組みにはあります。
モノさえ作っていればいいだろうという現場は生き残れません。顧客に選ばれない限り、企業は存続を許されないのです。現場もそのことを理解し、行動できないといけません。内側だけを向いた現場活動は時代遅れです。
先の企業では現場生え抜きのベテランに白羽の矢を立てました。いわゆる職人です。そのベテランにとっても初めての挑戦になります。
が、取り組みの趣旨を理解しているので前向きです。現場での業務分担を工夫して、近いうちに客先の現場へ出向きます。
一生懸命なベテランです。熱意が客先にも届き、新たな関係構築が期待できそうです。本物の職人やベテランは懐が広く、挑戦を厭いません。似非職人と根本的に違います。
さらに、先の経営者は、客先の担当者をドンドン工場に連れてこようと目論んでいるようです。「ウチの現場を見てもらって技術を理解してもらいたいし、きちんと仕事をしていることもアピールしたいです。」とは経営者の言葉。
1年半の活動できちんと仕事をする現場をつくりました。試行錯誤しながら現場一体となって進めた成果です。それが仕組みというものです。現場活動が新たな顧客を生み出します。
今度は貴社の番です!
成長する現場は、現場のベテランが客先の現場と関係を深め、新たな受注を積み上げる。
停滞する現場は、「それは関係がない」と言っている似非職人がせっかくの機会を潰す。