「生産性ロードマップ戦略」—儲かる工場経営を目指して—第286話 貴社には賃上げ余力がありますか?
「給料を増やしてあげたいのですが、思うようにできません。」
お正月明け早々にご相談をいただいた50人規模部品メーカー経営者の言葉です。時期が時期だけに経営者の本気が伝わってきます。
給料アップとは固定費を成長させることです。業種業態によりますが、人件費は固定費の半分あるいはそれ以上を占めます。
固定費VS付加価値額が製造業の収益構造である以上、固定費を成長させたかったら、それに見合った付加価値額を積み上げられないと事業を継続できません。
そして、給料を増やせるかどうかは、給料を増やす余力があるかどうかに関わってきます。冒頭の言葉です。ただし、これは先の経営者の肌感覚によります。
したがって、まずは肌感覚の数値化です。余力の有無を数値化します。人時生産性向上の実務はその後です。プロジェクト成否のカギは適切な目標設定にあります。
日本の生産性はグローバルで劣後したままです。人口減少、少子高齢化が回避できない問題である以上、生産性向上が喫緊の課題であるのは論を俟ちません。
就業者の7割以上は中小企業に所属しています。中小企業の人時生産性向上が必要です。そうでないと豊かに成長する生活が望めません。でも、どうやって?
●「賃上げすると生産性が向上する」という意見があります。
岸田首相も「日本経済の局面転換に弾みをつけるためにも、賃上げに攻めの姿勢でお願いする」と経済3団体の新年祝賀会で挨拶したようです。
「賃上げすると生産性が向上する」のか?
貴社はどのように考えますか?
●生産性向上と賃上げの関係を考えます。
1)生産性が向上したので、賃金をアップさせられる。
2)賃金をアップすると、生産性が向上する。
鶏と卵の議論ですが、弊社はどちらも正しいと考えています。
繰り返し申上げていますが、弊社がご支援するプロジェクト、人時生産性向上活動の狙いは利益アップと給料アップの実現です。それを実現させる戦略が2つあると言えます。
1)を選択する。
2)を選択する。
どちらにして給料アップは重要な論点です。事業のステージを高め、地域で選ばれる企業になるには持続的な賃金アップは外せません。意欲的な従業員の興味は給与にあるからです。
●1)の観点:賃金アップのキモはその継続性にあります。
人時生産性向上を続けると、経営者は持続的に昇給の原資を手にできます。従業員1人ひとりが今の給与以上の稼ぎを出し続けているからです。
一時的な成果が出たからと言って、即、賃上げでは現場へ誤ったメッセージを送ることになります。経営者が手にしたいのは、継続的に生産性向上に取り組める仕組みだからです。
一時的な成果ではなく、仕組み構築が評価の対象になります。生産性向上の仕組みが貴社の命運を決めるからです。持続的な賃金アップは地域で選ばれる論点ではないでしょうか?
もし、今、人時生産性を高め続けられる仕組みがあれば儲かる体質に変われます。その結果、継続的な賃金アップはできるのです。1)の観点です。
●2)の観点:一方で賃金アップは先行投資です。
経営者は、従業員に将来へ向けた一層の頑張りを期待するからこそ、「今」、賃金をアップします。賃金アップは成功報酬であるとともに将来投資です。
経営者の想いは将来へ向いています。健全に成長させる固定費は先行投資であり、動機付けにもなるのです。そうした固定費は、経営者の現場へ向けた期待感に他なりません。
もし、今、現場に、経営者の意図や意志を読み取る雰囲気や風土があれば、人時生産性向上の取り組みはドンドン進むはずです。成長させた固定費を回収できます。2)の観点です。
1)の観点に議論の余地はないでしょう。問題は2)の観点です。企業にもイロイロあります。大手や中小、高収益企業や低収益企業。2)の観点は一律に適用できません。
賃上げ余力の大小が影響するから
2)の観点で外せないのは「賃上げ余力の大小」です。この要因が影響します。そもそも、今、賃上げ余力があるのか?ないのか?です。袖がなければ振りたくても振れません。
●企業規模別の労働分配率
資本金規模別に2000年度と2018年度で示します。
小規模企業 86.7%(00年度) 78.5%(18年度)
中規模企業 79.5%(00年度) 76.0%(18年度)
大企業 60.8%(00年度) 51.3%(18年度)
小規模企業:資本金1千万円未満
中規模企業:資本金1千万円以上1億円未満
大企業 :資本金1億円以上
(出典:2020年版中小企業白書)
●企業規模別の平均給与
資本金規模別に2020年で示します。
2000万円未満 372万円
2000万~5000万円 404万円
2000万~1億円 413万円
1億円~10億円 454万円
10億円~ 607万円
(出典:国税庁令和2年分民間給与実態統計調査)
労働分配率データで明らかなことがあります。中小には大手と同じような賃上げ余力はありません。その結果は平均給与の差に現れています。
2000万円未満の企業の給与は10億円以上の企業の6割程度です。大手と中小の生涯給与差も同様ですから、その差は大きいと言わざるを得ません。
●確認してください、貴社には賃上げ余力がありますか?
労働分配率や平均給与などから判断して、貴社には賃上げ余力がありますか?
賃上げすることで生産性を高めようとするのは、将来投資の観点から間違ってはいませんが、無い袖は振れません。さらには、チーム力が機能しているかいないか、現場の雰囲気や風土にもよります。
付加価値額人時生産性の平均は大企業で6,000円~7,000円、中小企業で3,000円~4,000円であることも考えれば、人時生産性が、今、一定水準以上でなければ2)の戦略は無理です。
結局、賃上げができるのは大手だけとなってしまいます。そうなると、ますます大手と中小の給与格差が広がります。
私達、中小製造企業は人時生産性を高めることを本気で考える必要があるのです。
将来の我が社を引っ張る若手の就職先として、若い人達から選ばれなければ人材採用もままなりません。生産性を上げ、地域でもより高い給料を払える企業に人が集まります。それができない企業は生き残れません。生き残れば、地域でもさらに人材を集めやすくなるのです。
「残存者」が地域でますます強くなっていきます。経営者は時代の流れを読んで人時生産性を高める独自の手順を確立する必要があるのです。
人時生産性向上のしくみづくり。
これが2000年以降の中小製造企業生き残り戦略です。大手と同じような薄利多売をやっている限り、継続的なベアは難しいと言わざるを得ません。
いつまでたっても賃上げ余力ができないのです。価格競争から脱却できず、貧乏暇なし状況が続くだけで辛い・・・。
●まずは時代の流れを読むことです。
親企業が絶好調なお陰で、特定の既存お客様から、黙っていても受注が届くなら、
・ただひたすら時間稼動率を高めること
・人手をかき集めて仕事をこなすこと
これらを考えていれば儲かりました。納期を守って数量をこなせば儲かるのです。
90年代前半、自動車部品工場に勤務していたとき、秋から春にかけて東北地方から多くの期間工の方々がやってきました。フル操業が続いていた頃です。
この頃、受注を断ることも、場合によっては重要な仕事でした。とにかく受注量だけはありました。
しかし、時代は変わったのです。90年代後半以降、特に2000年になって決定的だったのは2008年リーマンショックです。
状況は180度変化しています。黙っていても、仕事は来なくなりました。したがって、お客様の納期に合わせて仕事をしているだけでは儲からないのです。
・詰めて、空けて、取り込むこと
・意志や意図を持って付加価値額を積み上げること
納期遵守に加えて、生産性を高めることに焦点を当てなければ生き残れなくなりました。そもそも親企業も生き残りに必死です。我が社のことを以前のように構ってくれません。
新規のお客様に選んでもらわなければ受注を確保できない時代が来ました。多品種少量生産、変種変量生産とはそう言うものです。
●人時生産性向上のキモは「新たな」付加価値額の積み上げにあります。
とは言え、コロナ禍もあり、そう簡単にできることではありません。こうした苦しいときほど自社のコア技術に回帰です。付加価値額を積み上げる具体策をひねり出します。
1)コア技術を活かした付加価値額の積み上げ
射出成形なら他社を凌駕する薄肉化、切削可能なら1000分の1の精度・・・。
2)お客様に選ばれる付加価値額の積み上げ
お客様しか知らない貴社の強みを明らかにする・・・。
3)時代(技術)の流れを読んだ付加価値額の積み上げ
お客様はメンテに工数をかけていられない、設計余力がない、工作機械複合化・・・。
時代が変われば、儲かる「造り方」や「売り方」が変わります。したがって、まさに今、貴社には、新たなお客様を創出するための新たな「造り方」と「売り方」が必要なのです。
全ては、人時生産性を高めて利益アップと給料アップを持続させるためです。賃上げ余力を作り出します。
●独断専行でやっていますか?
時代が変わったら、新たに、儲かる「造り方」と儲かる「売り方」を創出する必要があります。画期的な技術や製品ができるのは一人で仕事をやったときです。合議制でブレークスルは起きません。
経営者は独断専行でそれを実現させます。
従業員に意見を求めて、従業員の願望を実現させても儲かりません。外を知っている経営者の願望を実現させてこそ儲かります。実現させる願望の対象を間違えてはダメです。
新たな付加価値額の積み上げはトップダウンでしか実現できません。製販一体はトップダウンの先にあります。
現場改革の判断基準は「外部変化への対応」であり、「経営者願望の実現」です。現場ができるとか、できないかは無関係です。全ては経営者の願望によります。
経営者の独断専行こそが新たな付加価値額の積み上げの機会をつくるのです。
先の経営者は今やるべきことを知りました。人時生産性や労働分配率、移動平均などによる賃上げ余力の見える化です。
目標が数値化されれば、願望実現の要点が明らかになります。仕事化です。肌感覚では言語化できなかったことを現場に伝えられるようになります。プロジェクトのスタートです。
次は貴社が挑戦する番です!
成長する現場は、利益アップと給料アップを目標に掲げトップダウンで生産性を高める。
停滞する現場は、できることやできないことですったもんだするので給料が上がらない。