「生産性ロードマップ戦略」—儲かる工場経営を目指して—第397話 市場と設備のバランスを見誤るとどうなるか?
「高性能な設備を持っている競合先が複数、廃業しています。」
日用品を製造している30人規模メーカー経営者の言葉です。
昨年、先代から事業を引き継ぎました。会社の将来をどうしようか?模索しているところです。嬉しいことに、我が社の人年生産性は競合を凌駕しています。業界平均を大きく上回っているのです。
事業モデルが優れています。事業モデルが優れているから、事業を安全に持続させられるのです。安定した収益の背景はそこにあります。
ただ、その経営者はそのことを実感していません。自社のことは意外と分からないもす。先代と一緒に事業を引っ張ってきた現社長はこうした評価を初めて耳にしました。
そうであるなら、現社長の役割は明らかです。「利益アップ、給料アップ、人時生産性向上」で事業を一段高い水準に引き上げます。
まだ見ぬ将来の主要お客様との出会いを引き寄せること、新商品を開発すること、経営の安全度合いを一層高める新たな事業モデルを構築するのです。
そして、新たなモデルを構築するのに必要なことがあります。ビフォーアフターの設定です。今を知りつくしてから、将来を見通します。
将来は今の延長にあるので、今を知らなければどうしようもありません。標準のない改善はあり得ないことと同じです。
知らなければならない今のひとつは「市場」です。市場の現状。市場にはお客様と競合がいます。競合分析をしているとき、昨今の業界動向説明がありました。冒頭の言葉です。
人時生産性を高めるために、「現状対比」で付加価値額を積み上げたかったら、やることは、原則、5つしかありません。
・数量を増やす
・品種を増やす
・単価を上げる
・@材料費を下げる
・@外注費を下げる
数量を増やす具体策のひとつが新規顧客開拓です。
従来型下請けモデルを打破したいと考える経営者はここからやります。弊社のご支援先の経営者も同様です。必死になっているトップはリストをつくりながら厭わずに飛び込みます。
さらには品種を増やす商品開発、技術開発です。製造業の醍醐味はここにあります。
先日、1年ほど要しましたが、特殊処理内製化を成功させたご支援先がありますが、PJで成功させる嬉しさを実感できました。外注依存から脱却して、迅速な価値提供が可能となります。強力なトップダウンの成果です。
そして、言うは易く行うは難し、単価アップです。価格をコスト+利益で設定できればどんなに嬉しいことでしょう。ただ、iphoneのような製品でもない限り、簡単なことではありません。
既存商品には、市場や業界で決められた価格があります。また、新規商品の価格も、結局、お客様が価値をどこまで知覚するか次第です。
したがって、市場価格を越えた単価アップはお客様に価値をどこまで知覚させられるかに掛かかっています。
自動車部品工場時代のことです。新たな事業モデル構築のために技術開発、製品開発を主導したことがあります。
当時の自動車メーカー担当者に知覚してもらう価値は「軽量化」でした。従来できなかったことを実現させた技術に対しては、技術料を単価に上乗せできたのです。
単価アップでは、お客様に知覚してもらう価値に焦点を当てます。
先の経営者と競合分析をしているとき、我が社の業界で、お客様に知覚してもらえる価値は何だろうとの話になりました。日用品です。最終消費者が直接にそれを手にします。
そうなるとあるキーワードが浮かんできます。
「高級品」
手触りが柔らか、見た目がかわいい、さわやかな香りがする、等々。
これらは「機能」以外の価値なので、多くの場合、価格アップには有効です。車で言うなら、わざわざ、なぜ高級グレードが用意されているのか?ということです。
「移動手段」という機能だけで考えるなら、1500ccクラスくらいまでがあれば十分です。にもかかわらず、大排気量の高級車クラスもあります。
機能以外の訴求が、お客様による価値の知覚につながっているのです。
先の日用品でも「高級品」を考えてみました。しかし、先の経営者の見解によると、「高級品」は商売につながらないだろうとのこと。
なぜなら、扱っているのは、「しょせん」消耗品です。お客様が、消耗品にどこまで価値を見出してくれるかと考えたとき、「高級品」は商売になり得ないというのです。
それを裏付ける事実が、昨今、経営者の耳に複数届いています。
「高性能な設備を持っている競合先が次々、廃業している。」
先の企業が扱っている商品の製造設備には国内メーカー製とドイツメーカー製があります。ドイツメーカーの設備は高剛性で高性能です。
加工寸法精度が高い、マーク印刷ズレが小さい、生産スピードが速い。
競合先には、ドイツ製が少なからずあります。一方、我が社の設備は、コンパクトで設置が容易な国内メーカー製です。これは先代の意思決定によります。
高級品を生産するなら、確実にドイツメーカー製に軍配が上がります。ただ、扱っているのは、日用品であり消耗品です。海外では分かりませんが、少なくとも、国内では、過度の高級感はいりません。
こうしたお客様が知覚する価値を知れば、必要以上の性能を有した設備は不要です。それよりも、扱いやすく、コンパクトで省スペース、メンテも容易な設備であることが大事だと先代は考えました。
ドイツメーカー製を持った複数の競合先では、メンテではメーカーサービスが必要となり、代替できない特注部品を多数確保しなければならないなど、設備維持コストがヒタヒタと収益性悪化させたようです。そして、販売不振もあり、市場からの撤退を余儀なくされました。
廃業した競合先は「高級品」を目論んで、ドイツメーカーの設備を入れたのかもしれません。しかし、その市場ではお客様が知覚する価値はそれではなかったようです。
市場価格が形成された以降での単価アップは容易ではありません。
そもそも、単価アップで「高級品」を目指すにも、お客様が知覚する価値を見極めてからでなければならないのです。
お客様に「高級品」指向がなければ、製造設備が高性能でも一般品を製造するしかありません。いくらお客様に「高級品」を訴求してもムダとなります。ないものはないのです。
設備投資が付加価値額の積み上げに貢献できず、固定費回収につながりません。
我が社の業界に高級品市場が存在しているのか?設備投資を成功させる論点のひとつです。
・「高性能設備」には「投資+維持費」固定費を回収する分の高級品市場が必要である。
・付加価値額の積み上げが見通せない設備投資はボディーブローの如きダメージを受ける。
・単価アップの高級品市場を見極めるのは経営者の仕事である。
固定費回収の視点を抜いた設備投資は恐ろしいのです。設備投資はもろ刃の剣であることを知らなければなりません。したがって、単なる更新投資は論外です。
投資に見合った付加価値額積み上げ有無、高級品市場の有無等を検証すれば、固定費回収の見通しはある程度見通せるのですが、市場を去った競合先はそれをやらなかったのでしょう。
競合先は、勘コツ経験だけで設備投資をしたのです。回収計画を設定しさえすれば、簡単に気付くことなのですが。
先代が構築した事業モデルの優れた一面は、こうした競合先と比較でも見えてくるのです。
先の経営者は、先代が構築した事業モデルの優れたところを改めて実感しました。自分もそれ以上のモデルを構築したいと考えています。
新たな事業モデルでは、付加価値額積み上げ策の王道、単価アップを実現させるのです。
我が社のコア技術で、何をどうすれば、単価アップの事業モデルを実現させられるか?
経営者の模索が続きます。定期的な議論によって、模索が独善、我流にならないようにすることも要点です。
市場を分析し、手順を踏んで思考を深めていけば、思考の型ができます。これが、新たな事業モデルを構築する手順や土台です。そして、それこそが、次世代経営者が知りたい事でもあります。儲かる工場経営、暗黙知の形式知化です。
次は貴社が挑戦する番です!
成長する現場は、付加価値額に貢献する設備を使用して固定費をスマートに回収する。
衰退する現場は、勝手な高級品志向ムダな機能を有する設備のため固定費が肥大している。