「生産性ロードマップ戦略」—儲かる工場経営を目指して—第421話 採用活動の前にやらなければならないこととは?

 

「先生、また従業員が辞めてしまいました。」

プロジェクト開始から10ヶ月目に、40人規模設備メーカーの工場長が漏らした言葉です。

 

この工場は切断加工、板金加工、溶接加工などを行っており、散発する納期遅れへの対応が経営課題となっています。納期を守るためには、個人の力だけではなく、チーム全体の力が必要です。少数精鋭である中小製造現場では、従業員の協力が欠かせません。

 

しかし、半年前に若手作業者が突然辞めてしまいました。

工場長は大きなショックを受けました。もともと作業者が少ない現場で、一人が抜けるダメージは大手の現場と比べものになりません。

それ以来、工場長は個別面談などで従業員の声に耳を傾けてきましたが、また新たに辞める従業員が出てしまったのです。これで、プロジェクト開始後に2人の作業者が現場から抜けたことになります。

その分、人員補充が急務ですが、当初の計画にはない欠員です。経営者は新たな従業員の採用に向けて全力を尽くしていますが、応募はなかなか集まりません。

 

 

 

 

 

日本はすでに人口減少の時代に入っています。

内閣府の「令和4年版高齢社会白書」(2022年)によると、総人口と生産年齢人口の推移は次の通りです。

 

  • 総人口

2020年: 12,615万人

2050年推計: 10,642万人

今後30年間で総人口は約15%減少すると予測されています。

 

  • 生産年齢人口(15~64歳)

2020年: 7,509万人

2050年推計: 5,275万人

同じ期間で、生産年齢人口は約30%減少すると見込まれています。

 

今後30年間での総人口の減少が15%であるのに対し、生産年齢人口の減少は倍の30%です。この変化は確定的であり、経営者としてはこの現実を常に意識する必要があります。

特に、生産年齢人口の減少は、働き手、特に若手の確保がますます難しくなることを意味するのです。少子化と高齢化が進む中、採用活動ではますます働き手の奪い合いが地域、地元で激化するでしょう。

 

 

 

支援先のある経営者がこう言いました。

「優秀な若手を採用したくても、地元の大手工場がすべて持っていってしまいます。我が社に応募してくれるのは、そのこぼれた若手ばかりです。」

つまり、地元の優秀な若手は大手企業に採用され、我が社には、それ以外の人材しか来ないということです。

しかし、将来を考えると、まだ恵まれていることに気づくべきです。

今はまだ応募があるのです。しかし、今後30年間で採用対象となる若手の数自体が減少すれば、応募そのものがなくなる可能性があります。地元の大手企業が先に採用し、中小企業にまで若手が回ってこなくなるのです。

 

中小企業にとって、人員の減少は事業規模の縮小を意味します。少数精鋭で運営している現場が、さらに少人数での運営を強いられるのです。

これでは、生き残りが困難な事態に追い詰められます。

こうした外部環境の変化を考えると、中小製造企業である我が社が、いかにして若手を採用するかは、最も優先度の高い経営課題です。

 

 

 

 

 

先日、工場長は10ヶ月間で2名の作業者が辞めた原因を整理しました。それぞれの背景は異なります。

●多能工化の失敗

辞めた一人は、入社1年未満の若手でした。彼は会社の方針に従い、多能工化に取り組んでいたのです。本人も「いろいろ学びたい」と意欲を見せていましたが、適切な指導ができませんでした。

多能工化の仕組みが整っておらず、OJTやOFF-JTなどの教育手段が現場に丸投げされていたことが原因です。結果として、その若手は不満を抱き、退職に至りました。

 

●価値観の違い

もう一人の作業者は、新しいことに挑戦する意欲が低く、現状維持を好むタイプでした。彼は「給料は増えなくてもいい、自分のペースで仕事ができればそれでいい」という価値観を持っていたのです。

一方、我が社は中小です。限られた人員で効率的に業務を進める必要があります。大手企業とは違い、中小では一人ひとりの密度の濃い作業、相互補完によるチーム力が欠かせません。

彼の価値観はチーム全体に悪影響を及ぼすことになり、結果として退職に至りました。

 

 

 

 

 

「多能工化の失敗」では、仕組みが整っていなかったため、若手のモチベーションを下げてしまいました。若手人材を受け入れる体制が不十分だったのです。

優秀な人材を採用・確保したいのであれば、その人材に見合った受け入れ体制が必要です。指導の仕組みがなければ、意欲のある若手でも戸惑ってしまいます。

もし、やる気のある若手を採用したいのであれば、次のような対応策が必要です。

 

1)現状メンバーの定着促進

まず、現在のメンバーが辞めない環境を整えることが最優先です。やり方を変えずに辞めた作業者の補充だけを行っても、同じ問題が繰り返される可能性があります。

現場の課題は、まず今いるメンバーが辞めない環境を作ることです。要点はフォローと評価にあります。

 

2)受け入れ体制の構築

優秀な人材を迎え入れるためには、しっかりとした指導の仕組みが不可欠です。OJTやOFF-JTを含む教育体制を整備し、若手が安心して学べる環境を提供します。

 

3)継続的な採用活動の仕組みづくり

次に、良い人材を継続的に採用する仕組みづくりです。現在のメンバーが辞めない環境ができた上で、優秀な人材を引き寄せる採用戦略を考えます。

 

1)→2)→3),この順番が大事です。

まずは、今いるメンバーの定着を図り、その次に受け入れ体制を整え、最後に優秀な人材を確保する採用活動の仕組みを構築する。

この順序で取り組むことが、成功への道です。

 

 

 

 

 

昨今、若手の価値観は多様化しており、経済的な生活向上が最優先されるとは限りません。

給料が多くなくてもでも、自分のペースで働ければ満足する。

面倒なことは避けたい。

こうした価値観を持つ若手が増えています。これは時代の変化です。

 

しかし、企業の存在価値は変わりません。

お客様の要望に応え、利益を生み出し続けることが、企業の使命です。そして、その使命を果たすには、個の力よりもチーム力が求められます。

複雑化し、高度化するモノづくりの現場では、この点がますます重要になっています。従業員一人ひとりに、この考え方を理解してもらうことが必要です。

 

先の現場では、会社の多能工化方針に対する価値観の違いから、作業者が辞める事態が発生しました。確かに、価値観が合わないメンバーがいると、チーム力は発揮できません。

長期的にはチームの結束力を高めるために、作業者退職はやむを得ない対応だったと言えます。価値観はその人の生き方に深く根付いており、説得して変えられるものではありません。

 

そのため、会社方針と合わない価値観を持つ従業員に時間を割くよりも、頑張っている従業員をサポートする方が建設的です。

つまり、問題解決の鍵は、会社方針に合った価値観を持つ人材を採用することにあります。

だからこそ、「受け入れ体制の構築」が大事になるのです。受け入れ体制には経営者の意志と意図が含まれます。会社方針が反映されるのです。

したがって、定着する人材を確保するためには、採用時に人材の価値観が会社の方針と一致しているかを見極めることに重点を置く必要があります。

 

 

 

 

 

儲かる工場経営の要諦は、お客様に選ばれる商品を効率良く製造することにあります。

この「選ばれる」という要素は、人材採用にも当てはまるのです。生産年齢人口が今後30%減少するという予測がある中、採用市場は完全に売り手市場となっています。

つまり、優秀な人材が企業を選ぶ時代です。選ばれなければ、応募者がゼロになる可能性もあります。

重要なのは、選ばれる企業になることです。

お客様からも、若手人材からも選ばれる企業へと変革していくことが、生き残りの条件となります。

そのためには、時間軸を明確にし、長期的なロードマップを策定することが不可欠です。課題の大部分が、重要度は高いけれども、緊急度は低いからです。時間を味方に付けます。

意欲的な経営者は、この点に既に気付いているはずです。

次は貴社の番です。

 

成長する現場は、今いるメンバーが頑張れる環境を整え、若手受け入れ体制を構築する。

衰退する現場は、作業者が辞めてもやり方を変えず採用してもまた辞め元の木阿弥になる。